いわゆる空飛ぶ円盤とコンタクティ伝説/あのときのムー

文=こざきゆう

創刊当時からUFOのド定番

近年、目撃されるUFOの形状は多種多様だが、なかでも多発しているのが三角形、いわゆるBT(Black Triangle)=「TR-3B」だ。だが、長年のUFOファンにとって、UFOの形といって頭に浮かぶのは、ドームと舷窓をもち、底部に3つの着陸球がついた円盤=「アダムスキー型」ではないだろうか。これは、史上最大のコンタクティ、ジョージ・アダムスキーが頻繁に撮影した形状であり、その名で呼ばれるようになった。

「ムー」1996年12月号より。
「ムー」1996年12月号より。

アダムスキーが最初にUFOを目撃したのは1952年であり、1979年の「ムー」創刊時には、すでに日本でもUFOの姿として認識が定着していた。

大々的にアダムスキー型UFOそのものを扱った企画は、1995年5月号のHOT REPORT「アダムスキー型UFOの精密な模型公開!!」がある。

記事では、UFOの里として知られる、福島県飯野町の「UFOふれあい館」に展示されているアダムスキー型UFO模型を紹介している。

「ムー」1995年5月号より。
「ムー」1995年5月号より。

この模型は、目撃されるアダムスキー型UFOを10分の1スケールで再現。内部構造については、世界各地でUFOアブダクション事件にあった人々が見たUFO内部の様子の証言や、スペースシャトルの機構などを参考に、想像を加えて制作したものだという。それだけでも、かなりのこだわりを感じさせる。

「UFOふれあい館」は現在も多くの人々が訪れているUFOファンの聖地。興味をもたれた方は、足を運んでみてはいかがだろうか。

「ムー」1995年12月号より。
「ムー」1995年12月号より。

さらに1995年12月号では、「世界アダムスキー大会」をレポートしている。

世界アダムスキー大会とは、同年9月8日から3日間に渡ってアメリカ、ワシントンで開催された、アダムスキーの体験や研究についての研究発表会だ(1965年にアダムスキーは亡くなっているので、死後30年目にあたる)。世界中の有識者や研究者が集うこともあり、「ムー」でもこの大会の様子をレポートしたのだ。

興味深いのは、この大会期間中、UFO出現が相次いだという事実だ。アダムスキーは生前、異星人は平和的で常にわれわれを見守っていると説いたが、まるでそれを象徴するかのような出来事だったといえるだろう。

1995年の2本の「アダムスキー」記事が契機になったわけではないが、その後も「ムー」では、たびたび取り上げている。しかし、そのほとんどは、目撃されたUFOがアダムスキー型だったという事件報告だ。アダムスキー自身について、アダムスキー型UFOと結びつけた記事は鳴りを潜めているのが現状だ。

文=こざきゆう

  • 1

この記事と同じトピックを探す

関連記事

編集部おすすめ

アクセスランキング

  • デイリー
  • ウィークリー
  • トータル