2度の世界大戦を予言!!「出口王仁三郎の予言」/世界の大予言

大本開祖・出口なおの後継者にして恐るべき予言者

亀山城は、山陰からの京都への入り口、丹波亀山に築かれた、明智光秀の居城である。この城を見学する場合は、所有者であり管理者である、大本本部に申し入れをする必要がある。

大本の開祖、出口なおがそのあとを託したのが、娘婿として養子となり、大本を巨大教団に育てた出口王仁三郎である。その王仁三郎が丹波亀山の出身であった縁で、大本は亀山城を購入し、現在ではその本部となっているのである。

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出口 王仁三郎(1871~1948)。

出口なおは「御筆先」と呼ばれる自動筆記を行い、その内容は、現在『大本神諭』としてまとめられている。それは唯一「御筆先」を正しく理解できた王仁三郎が重複部分を削り、体裁を整えたあとのものである。

王仁三郎は幼いころから神童と呼ばれ、わずか13歳で小学校の代用教員に任ぜられている。正義感の強い王仁三郎は、さまざまな仕事で周囲とぶつかり、また、反社会勢力と争うこともしばしばであった。

反社会勢力との争いの9回目の時、生死の境を彷徨う怪我をし、松岡天狗と名乗る神使に高熊山に運ばれた後、飲まず食わずの荒修行をさせられ、ここで神人合一の境地に達したという。

なおが日清・日露の両戦争を予言したことは先述した。同様に王仁三郎は、大正3年(1914)に「今すぐ欧州で戦争が起きる」と、第1次世界大戦の開戦を公開で予言。翌月の6月28日にサラエボでセルビア皇太子が暗殺され、第1次世界大戦に発展したのは周知の通りである。

 

世界の運命を予言、投獄される

王仁三郎はその後、機関紙「心霊界」にさまざまな予言を発表。その後の世界の運命を予言した。

「東雲の空に輝く天津日の、豊栄昇る神の国、四方に周らす和田の原、外国軍の攻難き 、神の造りし細矛、千足の国と称えしは、昔の夢となりにけり。

今の世界の国々は、御国に勝りて軍器を、海の底にも大空も、地上地中の選みなく、備へ足らはし間配りつ、やがては降らすアメリカの、数より多き迦具槌に、打たれ砕かれ血の川の、憂瀬を渡る国民の、行く末深く憐れみて(略)水底潜る仇艦と、御空に轟く鳥船の、醜の荒びに悩まされ、皆散り散りに散り惑ふ、木の葉の末ぞ哀れなる」

これは、大正6年(1917)に発表された大本神歌の一部である。誰もアメリカとの戦争を考えてもいない時期に王仁三郎はそれを予言し、潜水艦や爆撃機の姿まで詠み込んでいる。他の詩編では、原爆や学徒動員、焦土と化す日本の姿を、ほぼ精確に描写しているから恐ろしい。

しかし、政府は、これらの予言を好ましくないと判断し、昭和10年(1945)には治安維持法で投獄してしまう。王仁三郎が無罪として解放されたのは、第2次世界大戦に突入して後の昭和17年(1942)であった。

 

(ムーSPECIAL「世界の大予言FILE」より)

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