獄中で易経を発見!! 高島易断の開祖「高島嘉右衛門の予言」/世界の大予言

抜群のセンスで、占いを的中させる

高島易断創始者・高島嘉右衛門。彼の人生はまさに「波乱万丈」の一言に尽きる。天保3(1832)年、江戸で材木商・遠州屋を営む高島嘉兵衛の6男として生まれ、18歳で家督を相続した彼は占い師から、「30歳までに一万両の財産を作るだろう」と予言され、破産寸前の遠州屋を再興する。

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高島嘉右衛門(1832~1914)。

さらに安政の大地震で2万両の巨利を得た嘉右衛門だが、翌年の台風による高潮で木材の大半を失い、今度は2万両の借財を抱える運命となる。その後、奉行所に追われる身となり、小伝馬町の牢屋敷に収監されている。この牢内で嘉右衛門は古い「易経」を発見し、易を学んで一流の占い師になったという。

もともと四書五経を学んでいて、自身で易を行うこともあったようだが、本格的に易をはじめたのは、入牢して以降というのが定説のようだ。

占いはセンスと霊感が何より大切で、嘉右衛門にはそのどちらもが備わっていた。「当たるも八卦、当たらぬも八卦」という言葉があるが、嘉右衛門にいわせると、正しくは「人により、当たるも八卦、当たらぬも八卦」であるという。確かに、占うことは誰にもできるが、それが当たる人というのは稀である。

 

明治の元勲の相談役に

慶応元(1865)年、5年の獄中生活の末に出獄した嘉右衛門は、土木建築業で巨利を成した後、易経の研究に没頭する。ここに「高島易断」が誕生する。なお、現在複数存在する「高島易断」を名乗る団体は、嘉右衛門の血筋ではないという。以降、彼は実業家兼易者として名を馳せ、政財界から莫大な信用を得て、時の権力者から相談を受ける立場となる。いくつか彼の占いと結果を紹介する。

・西郷隆盛……凶。交わってはならない人物との交流が凶を招く。江藤新平あたりか、西郷を旗印に押し立てようとする薩摩士族の誰かとの交流が悪かったのか、結果は反乱軍の首謀者として戦死。

・鉄道敷設事業……吉。日本の鉄道網の発達は世界有数のものとなり、事業参加した嘉右衛門は財を築く。

・江藤新平……大凶。佐賀の乱の責任者として梟首となったが、嘉右衛門は江藤の佐賀行きに猛反対していた。

・日清戦争……隠忍自重、とにかく待つが吉。戦争自体の結末は、「水天需」の上六の卦「招かざるの客三人来る」。これは、新聞にも事前に発表されているが、嘉右衛門は露英米の三国に横やりを入れられると読み解いた。結果は戦争では勝利したが、露独仏の三国干渉を受けている。日本の歴史においてはさほどにプラスではなく、やはり隠忍自重すべき時であった。

・日露戦争……日本海海戦の内容については、ほぼ完璧に的中。

・伊藤博文……「『艮為山』の三爻変」の卦で大凶。

嘉右衛門は伊藤の満州行を押し止めようとしたが叶わず、せめて周囲に艮、または山の文字の付く名前の人物を近づけるなと伝えている。そして、朝鮮人安重根に伊藤は暗殺されている。

 

 

(ムーSPECIAL「世界の大予言FILE」より)

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