週刊ムー語教室/第1回「ムー大陸」

文=ムー語講師・こざきゆう

「月刊ムー」の由来にもなった幻の大陸とは?

ムーやテレビのミステリー番組に出てくるあの言葉……名前は聞いたことあるけど、意味がよくわからない!という〝ムー的用語=ムー語〟をわかりやすく解説する、「週刊ムー語教室(毎週火曜日)」がスタート!第1回のテーマは、本誌タイトルの由来にもなったあの伝説の大陸です。

 

第1回:ムー大陸

【必修!3ポイントでわかるムー大陸】

1:1万2000年前、太平洋に沈んだ幻の大陸

2:ジェームズ・チャーチワードの著書で有名になった

3:日本近海の海底遺跡とも関係が!?

 

「ムー」の雑誌タイトルの由来にもなった“ムー大陸”。これは、かつて太平洋に存在したとされる幻の大陸の名前です。

大陸

(↑ムー大陸説を唱えた英・チャーチワードの直筆によるムー大陸地図。写真=南山宏オフィス)

まだ人類が原始的な生活をしていた5万年以上前、ムー大陸には、現代科学をはるかにしのぐ高度な文明をもつ“ムー帝国”が建国されていたといわれます。

その版図は東西8000キロ、南北5000キロと、たいへん広大なもの。さらに現在の南アフリカや中国、インドなどに植民地を持ち、史上最大の世界帝国を築いていました。

ところが、1万2000年前、その繁栄は突如、終焉を迎えました。大地震、火山噴火、大津波によって、都市は崩壊し、大陸全体が海没。数万年続いた文明は、わずか1日ですべて失われてしまったのです。

チャーチワード_web(↑イギリスのジェームズ・チャーチワード。写真=南山宏オフィス)

この超古代大陸ムーの姿が語られるようになったのは、20世紀に入ってからのことです。

1868年、イギリスのジェームズ・チャーチワードはインド滞在中、ヒンドゥー僧侶から、“ナーカル”という絵文字が刻まれた碑文を手渡されました。その碑文は、はるか昔、「ムーからインドに渡った人々」が、ムー大陸、ムー帝国の歴史を記したものだったのです。

ナーカル碑文の解読、研究を続けたチャーチワードはその成果をまとめ、1926年、『失われた大陸ムー』として出版。これが世界中でセンセーションを巻き起こし、幻の大陸ムーの存在は人々に知られるようになりました。ムー大陸研究は幕を開けたのです。

与那国_web(↑明らかな人工物が沈んでいる与那国海底遺跡。写真=新嵩喜八郎)

研究が進むと、ムー大陸があったと考えられる場所の周辺の島々では、共通点をもつ遺跡が発見されるようになりました。また、かつて東南アジアにあったスンダランドという陸地こそムー大陸だったという説や、ムー大陸は“大陸”ではなく“群島”で、その場所こそ沖縄県の与那国海底遺跡だ、という説など、さまざまな説が提唱されています。

しかし、現在まで、ムー大陸の存在を直接示すような遺跡は見つかっていません。

文=ムー語講師・こざきゆう

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