週刊ムー語教室/第5回「出口王仁三郎」

文=ムー語講師・こざきゆう 写真(風景)=にしまつこうじ

日本が火の雨に襲われたのち、理想世界が訪れる!?

知っているようで知らない〝ムー的用語=ムー語〟をわかりやすく解説する、「週刊ムー語教室(毎週火曜日)」。第5回のテーマは、明治~昭和初期にかけて数々の大予言を残した「出口王仁三郎(でぐち おにざぶろう)」です。

 

第2回:出口王仁三郎

【必修!3ポイントでわかるUMA】

1:出口王仁三郎は日本屈指の大予言者

2:新興宗教団体「大本教」を日本有数の宗教団体に発展させた

3:日本が「火の雨に襲われる」という「大峠」の予言は未成就だが、その時期は現代だという説も。

出口王仁三郎_web(↑スサノオに扮した出口王仁三郎=上田喜三郎:1871~1948)

“三千世界の大化け物”とも称された、日本屈指の大予言者・出口王仁三郎。明治時代から昭和初期にかけて、日本の新興宗教の世界に一大勢力となった「大本教」の指導者です。

王仁三郎は、本名を上田喜三郎といい、1871年に京都府に生まれました。幼いころから不思議な能力を発揮していましたが、本格的に能力に目覚めたのは1898年のことです。喜三郎の前に、仙人を名乗る人物が現れ、喜三郎を霊山・高熊山の岩窟に導きました。この地での荒行の結果、喜三郎は秘められた能力を発現させたのです。

高熊山岩窟_web(↑喜三郎が修行をした、京都府亀岡市にある高熊山の岩窟)

その7か月後、喜三郎は神のお告げを受けて旅立った先で、大本教の開祖・出口なおと運命的な出会いを果たしました。1900年にはなおの婿養子となり、出口王仁三郎と改名。大本教の教義をとりまとめ布教活動に入りました。

出口なお_web(↑大本の開祖、出口なお:1836~1918)

大本教では、神が教主(なお)に乗り移り、その言葉を書き記す「お筆先」という方法で、信者にメッセージを伝えていました。なおの死後、教主となった王仁三郎にも神が乗り移り、神の教え以外に予言も数多く発していきました。その予言の高い的中率と、王仁三郎の神秘的な魅力は評判を呼び、大本教はまたたくまに日本有数の宗教団体に成長したのです。

長生殿_web

(↑京都府綾部にある、大本の本部・長生殿)

王仁三郎の予言には、「大本に起こる事件は、その後、拡大されて世の中で起こる」という特徴がありました。例えば1935年、社会的な影響力が強まった大本教に、警察が奇襲をかけ、不敬罪などの罪で王仁三郎は逮捕、大本教は壊滅寸前に追い込まれました。これが拡大されたかのように、1941年、日本はアメリカ海軍へ真珠湾への奇襲攻撃。1942年にはアメリカの空襲により、日本の主要都市は壊滅的な被害を受けたのです。

 

王仁三郎は1948年に亡くなるまでに、数多くの予言を残していますが、いまだ未成就の予言があります。それは「大峠」と呼ばれるものです。日本は火の雨に襲われ、これを乗り越えた先に理想世界「みろくの世」が来るというのです。その時期は現代だという説もあります。はたして、近い将来、王仁三郎の予言が成就する日は訪れるのでしょうか?

文=ムー語講師・こざきゆう
写真(風景)=にしまつこうじ

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