「七福神」の謎(4) 財と才をもたらす紅一点 弁財天

文=本田不二雄

起源は水の女神サラスヴァティー

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弁財天。勝川春章/1773年/シカゴ美術館。

 

七福神のなかで「弁天さん」は琵琶を手にした天女のような姿で描かれている。その原像は、インドの古典『リグ・ヴェーダ』に登場する川の女神・サラスヴァティーに由来する。ここでは女神を代表する存在と讃えられており、川をつかさどるものであることから、やがて作物を実らせ、富をもたらす神へと昇華していったようだ。

また、バラモン教の祭儀書には、言葉の神・ヴァーチと同一視され、インドの古代語・サンスクリットの文字を創造したとされる。そもそも、サラスヴァティーの語義は川あるいは水多き地といった意味で、弁才の意味はない。このヴァーチとの習合によって、弁舌や学問、音楽の神という神格が与えられたのである。

こうしてサラスヴァティーには、水辺に腰掛け、琵琶を奏でながら金言を口にする優美な女神として信仰されていく。また、すべてを押し流し、洗い流す水辺にすまうことから、浄化をつかさどる神としても崇敬された。このため、弁才天を祀る社寺は、その多くが境内地の水辺や池の浮島に祀られている。

ちなみに、日本三大弁天の一である滋賀県の竹生島弁天(宝厳寺)は、琵琶湖に浮かぶ島が鎮座地だが、残る神奈川県の江ノ島弁天(江島神社)と広島県の宮島弁天(厳島神社の神宮寺・大願寺)の鎮座地は海浜である。つまり日本では、海辺も弁才天の御座所と見なされたのである。

このことは、海浜のもつ浄化のはたらきをみれば違和感なかったのかもしれないが、それ以上に大きかったのは、これら「海の弁天」が、日本を代表する海辺の女神・市杵島姫命と同一視されたことにあった。

市杵島姫命は、宗像三女神の一であり、宗像神を代表する一柱として全国で祀られている。そもそも三大弁天の鎮座地である「厳島」の語源は「イツクシマ(斎く島=祭祀の島)」にあり、それと語源を同じくするイチキシマヒメ(市杵島姫命)は、厳島神社の主祭神であった。

ちなみに、宗像神の総本社である宗像大社によれば、「市杵島姫命は天照大神の子で、皇孫邇邇芸命が降臨に際し、養育係として付き添い、邇邇芸命を立派に生育させたことから、子守の神さま、子供の守護神として、崇敬されている」という。

大黒天=大国主神の場合と同様、ここでも、インドの神と日本の神が習合したことで新たな神格が加えられ、信仰のスケールも広がっていったのは容易に想像できる。

しかし、それだけでは日本の「弁天信仰」は語ったとはいえない。弁才天は「弁財天」とも表記される。七福神の脈絡ではむしろこちらのほうが一般的かもしれない。ただし、「才」と「財」はただの表記の揺れではない。中世の時代、弁才天はその姿を変化させることで財宝をもたらす神へと変貌していったのである。

 

邪身の宇賀神と習合して福神に

琵琶をもつ二臂の弁才天への信仰は平安時代はじめから知られていた。しかし、中世に入ると、正規の経典にもとづくインド伝来の弁才天にはない、老翁の首を生やした白蛇を頭部の宝冠にいただく奇怪な八臂像があらわれ、弁天信仰の中心を占めるようになった。それを宇賀弁才天という。

その名の通り、蛇体の宇賀神と結びついた弁才天のことだが、この宇賀神の出自は何やら謎めいている。一般には穀霊や食物神である「宇迦之御魂(ウカノミタマ)(倉稲魂)」「保食(ウケモチ)神」のウカ、ウケから派生したと推測されているが、弁才天と習合する以前の信仰については、それを裏づける史料に乏しいのである。

ただし、蛇神そのものは先史にさかのぼる時代から崇められていた古い神である。神仏が複雑に合従連衡した中世、そのモチーフも新たに復活を遂げたのかもしれない。

ちなみに、日本で編まれた偽経である『如意宝珠宇賀神将陀羅尼経』には、「(宇賀神の)形は白い蛇身、顔は老人のようだ。眉は白糸に似ており、頸には如意宝珠を懸け、口から七宝を吐き、項に白い角を生やして虎皮の上に座している」と描写されている。

ここで如意宝珠と七宝という御利益アイテムが登場していることに注目したい。結果、宇賀神と合体した弁才天があらわす霊験とは何だったのかは、以下の偽経の文言に明らかである。

「ひとたび宇賀弁才天の神咒を唱えれば、その人はたちまち福人となる。神咒を一万遍唱えれば、三日で貧転する。……昼夜を問わず神咒を誦しなさい。そうすれば神咒の一字一字が光明を放ち、万宝を雨降らす如意宝珠に変る。いかなる願いであれ、三日以内には思うがままに成就するだろう」

つまり、宇賀弁才天とは、貧を転じて福を与える「貧転与福」の神なのである。弁才天が転じて「弁財天」となった信仰はここに由来するのだ。

ちなみに、その持物は弓、矢、刀、矛、斧、長杵、宝珠、鍵。正規の経典に書かれていた鉄輪、羂索(投げ縄)に代わって宝珠、鍵が加わった形である。宝珠とは如意宝珠のことで、鍵は宝蔵を開けるもの。宇賀弁才天は、きわめつけのラッキーアイテムをふたつとも手にしているのである。

 

(月刊「ムー」2015年2月号より)

文=本田不二雄

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