1976年 目を開ける掛け軸の生首/戦後日本オカルト事件

編=オカルト雑学探究倶楽部

本物の血が使われていた!

そうなると気になるのは、掛け軸の由来についてだろう。もともと掛け軸は、昭和47(1972)年に地元の詩人・蘭繁之氏が京都の古書店で買い求めたものだという。なぜこんな気味の悪いものを買ったのか、と思われるかもしれない。しかし、この地方ではお盆の季節になると、こうした幽霊の絵や無気味な絵を飾る寺は少なくないのである。また、夏の風物詩であるねぷた祭りの送り絵の資料にする思惑もあったという。
蘭氏は掛け軸を箪笥にしまっていたが、その部屋で寝起きしている母親が、「箪笥のなかから唸るような声がする」といいはじめた。ならばと自分がその部屋で寝てみると、たしかに唸り声のような音が聞こえる。そのうち母親が高熱を出して寝こんでしまったので、蘭氏は困り果てて掛け軸を正傳寺に譲ったのである。
住職はさっそくそれを座敷に飾ったが、あるときどこからか3羽のカラスが部屋に入りこんできて、掛け軸を見上げながら鳴きわめいている。それを見た住職は怖くなり、本堂に掛け軸を祀ると三日三晩、経をあげた。そして寺の奥にしまいこんでしまったのだ。
その後も、掛け軸を見たいといってきた職人が寝こんでしまったりと、怪異現象は続いた。テレビ放送は、そんな噂を聞きつけて、ぜひ番組で紹介したいということだったのだ。

namakubi2
掛け軸の由来を解くヒントになった、『維新暗殺秘録』。

ではこの掛け軸は、いつ、どうして描かれたのだろうか。調べてみると、意外なことがわかった。昭和5(1930)年に発行された『維新暗殺秘録』という書籍によると、掛け軸の生首の主、つまり「渡邊金三郎」なる人物は幕末の京都所司代・西御番組与力で、勤皇派の取り締まりに従事していた人物だったという。
ところが文久三年に土佐勤王党によって殺され、首を晒された。この掛け軸の絵は、そのときの様子を幕府方が記録として描いたものであり、しかも絵の血の部分は、本物の渡邊の血を使ったというのである。
血の部分については、事実はどうかはわからない。しかし、そういうことであれば、「渡邊金三郎」の掛け軸だけが怪異現象を起こしていることにも納得がいくだろう。
なおこの掛け軸は、毎年春と秋の彼岸に、現在の住職(当時の住職の孫にあたる)によって供養が行われている。テレビで放送された後には、これといって怪異現象は起こっていない。

 

出典=「ムーSPECIAL 戦後日本オカルト事件FILE」(学研プラス)

編=オカルト雑学探究倶楽部

関連商品

ムーSPECIAL
戦後日本オカルト事件FILE

ムーSPECIAL
戦後日本オカルト事件FILE

価格:580円+税
発行:学研プラス
発売日:2015/10/07

この記事と同じトピックを探す

関連記事

編集部おすすめ

アクセスランキング

  • デイリー
  • ウィークリー
  • トータル