ケネディとリンカーンを結ぶ奇妙な符号――シンクロニシティ

文=藤島啓章

つきまとう「偶然の一致」

あらゆる事象(結果)は原因があって初めて生起し、原因がなくては何も生じない、という〝因果律〟の法則がある。ところが、その法則を破る摩訶不思議な事象が時として起こる。

意味のある「偶然の一致」、英語でいえば「シンクロニシティ」がそれであり、歴史的重大事件に関わるものも少なくない。タイタニック号の沈没事故を予言したかのようなパズルや、ナポレオン・ボナパルトとアドルフ・ヒトラーを結ぶ数字の一致などが有名だ。

なかでも白眉をなすのは、アメリカの第16代大統領エイブラハム・リンカーンと第35代大統領ジョン・F・ケネディを結ぶ奇妙な符合だろう。

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アメリカ第16代大統領エイブラハム・リンカーン(右)と第35代大統領ジョン・F・ケネディ(左)。

 

  • リンカーンが初めて議会に選出されたのは1846年、ケネディは1946年で、ちょうど100年の差がある。
  • リンカーンの大統領選出は1860年、ケネディの大統領選出は1960年(就任はともに翌年)で、同様に100年の差がある。
  • リンカーンの死後に大統領になったのは南部出身のアンドリュー・ジョンソンで、ケネディの死後に大統領の座に就いたのは同じく南部出身のリンドン・B・ジョンソン。同姓のうえ、前者は1808年生まれ、後者は1908年生まれで、生年差が100年。
  • リンカーンを暗殺したジョン・ウィルクス・ブースは1839年生まれ、ケネディを暗殺したとされるリー・ハーヴェイ・オズワルドは1939年生まれで、やはり100年の差がある。
  • リンカーンが暗殺されたのはフォード劇場で、ケネディが暗殺されたときに乗っていた車はフォード社製リンカーン・コンチネンタル。
  • ブースは劇場でリンカーンを狙撃したあと倉庫に逃げ込み、オズワルドは倉庫からケネディを狙撃したあと劇場へ逃げ込んだ。
  • リンカーン暗殺は復活祭の2日前の金曜日で、ケネディ暗殺は感謝祭の2日前の金曜日。
  • ふたりとも妻と隣り合って坐っているときに暗殺された。
  • ふたりとも頭部を狙撃された。
  • ふたりとも姓の字数は7文字だった(Kennedy/Lincoln)。
  • ふたりとも子どもが4人いた。
  • ふたりとも20代で亡くなった姉妹がいる。
  • ふたりとも大統領在任中に息子を亡くしている。
  • ふたりとも40歳まで生きた子どもはひとりしかいない。そのひとりが現駐日大使のキャロライン・ブーヴィエ・ケネディである。
  • リンカーンの息子ロバートは1889~1893年、ケネディの父ジョセフは1933~1940年に駐英大使を務めた。
  • リンカーンにはケネディ、ケネディにはリンカーンという名の秘書がいた。
  • ふたりとも黒人差別問題に深く関与していた。
  • リンカーンは南北戦争、ケネディはベトナム戦争と、ふたりとも国家を南北に二分した戦争に関わっていた。
  • 死後、ふたりとも航空母艦名にその姓名が用いられた。

このように、リンカーンとケネディの間には驚愕的なまでの「偶然の一致」が見られるのだ。

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