週刊ムー語教室/聖徳太子の預言書『未来記』

文=ムー語講師・こざきゆう

2017年までにこの世の終末が訪れる!?

知っているようで知らない〝ムー的用語=ムー語〟をわかりやすく解説する、「週刊ムー語教室(毎週火曜日)」。今週は、飛鳥時代の超能力者(!?)聖徳太子が残した預言の書、『未来記』について解説します!そこに記された驚愕の内容とは!?

 

第25回:未来記

【必修!3ポイントでわかる未来記】

1:飛鳥時代の偉人・聖徳太子には超能力者ともいえる数々の逸話がある。なかでも予知能力は驚異的だった

2:聖徳太子の預言書『未来記』には、南北朝時代の争乱や近代の事件などが記され、ずば抜けた的中率をほこる

3:世界の終末も預言されており、その年は2016~2017年に訪れるという

miraiki_web(↑飛鳥時代の皇族・聖徳太子/622年没)

近年では「厩戸皇子」と表記されることも多い、飛鳥時代の政治家・聖徳太子。彼には「生まれたときに言葉を発した」「一度に10人の話を聞き分けた」「天馬(ペガサス!?)で天空を自由に駆け富士山に登った」などなど、まるで常人を超越した数々の逸話が残されています。

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まさに超能力者ともいえる聖徳太子ですが、なかでも特筆すべきは、脅威の予知能力でしょう。

『日本書紀』によれば、その予知能力は聖徳太子が5歳のころから発揮されたようです。当時、太子の叔母・豊御食炊屋姫(とよみけかしきやひめ)が敏達天皇の大后になりました。その祝いの席で、太子は「豊御食炊屋姫は天皇になる人だから」と拝礼しました。事実、14年後に豊御食炊屋姫は日本の歴史上、初めての女帝・推古天皇として即位したのです。

太子は成人して後、数々の未来の預言を記録し、太子が大坂の地に建立した四天王寺に残したといいます。それが、今回の「ムー語教室」のテーマである究極の預言書『未来記』です。この書に記された預言は、驚異的な的中率を誇っていることが知られています。

miraiki2_web(↑鎌倉時代末期~南北朝時代の武将・楠木正成/1336年没)

有名なところでは、『未来記』から約700年後の『太平記』に記されている、南北朝時代に関する預言があります。その時代、後醍醐天皇に仕えた楠木正成は四天王寺を訪れ、門外不出の書である『未来記』を閲覧しました。

そこには、「人王(にんのう)95代の世に天下は乱れる。西鳥が東魚を食らい天下をかすめとる」と記されていました。この「人王95代」とは第95代後醍醐天皇のことであり、「東魚」とは鎌倉の北条氏、それを食らう「西鳥」とは楠木正成のこと。すなわち、南朝政権による鎌倉幕府倒幕の預言だったのです。この預言に天命を得た正成は、破竹の勢いで進撃を開始、鎌倉時代の幕を下ろすこととなりました。

(なお、この予言の後に続く一文は「大凶変じて元に帰す」であり、結局、南北朝動乱後は朝廷が再び統一されることを示し、そのとおりになっています)

 

『未来記』には、ほかにも「蒙古襲来」や、それこそ太子自らの死とその子孫が絶えてしまう預言まで残しています。

それだけではありません。『未来記』の予言は、現在も生きているのです。われわれが生きる近年の預言ともとれるものであれば、バブルの崩壊、日本(東京)の経済衰退、さらにはアメリカで起きた9・11同時多発テロの預言とも解釈できるものまであるといわれています。 miraiki3_web(↑『未来記』を保管している大阪の四天王寺)

恐ろしいのは、『未来記』の終末預言ともいえるものです。そこには、「クハンダ」なるものが東の都(=東京?)に現れ、都は7人の子のように分かれるのだといいます。クハンダとは、仏教用語で終わりの世に現れる鬼とされます。その正体は、もしかすると富士山の噴火などの災厄を暗示しているのかもしれません。

では、その終末はいつごろ訪れるのでしょう。研究者や識者によれば、それは今年か、遅くとも2017年だと考えられているようです。

なお、『未来記』を今でも守り続けているとされる四天王寺が、その預言書を公開しない理由のひとつは、預言内容の恐ろしさにあるとも噂されています。

2017年までに、何ごとも起こらないことを願うばかりです。

 

文=ムー語講師・こざきゆう

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