週刊ムー語教室/地底の楽園「シャンバラ」

文=ムー語講師・こざきゆう

古代国家と並んで地名が残る理想郷

知っているようで知らない〝ムー的用語=ムー語〟をわかりやすく解説する、「週刊ムー語教室(毎週火曜日)」。今週のテーマは、チベット奥地の地底深くに眠るとされ、多くの人々が追い求めた永遠の理想郷「シャンバラ」です!

 

第28回:シャンバラ

【必修!3ポイントでわかるシャンバラ】

1:「シャンバラ」は、チベット奥地の地底に存在するとされる“永遠の理想郷”

2:多くの冒険家が追い求めたなか、ニコライ・レーリッヒはもっともシャンバラに近づくことができた

3:シャンバラへの入り口はチベットのラサ・ポタラ宮の地下にあるという

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(↑シャンバラはチベット密教の経典『カーラチャクラ・タントラ(時輪密教)」でも言及されている)

伝説の大陸「アトランティス」をはじめ、南米の黄金教「エルドラド」、中国の「桃源郷」、沖縄の「ニライカナイ」……世界各地には、昔から人々が夢見てやまない“理想郷”の存在が、さまざまな形で語り継がれています。今回、紹介する「シャンバラ」もそうした理想郷のひとつです。

シャンバラは、「幸福の源に抱かれたところ」という意味で、チベット奥地の地底に存在するとされる“永遠の理想郷”です。

ある伝説によれば、シャンバラは、6万年前にひとりの聖者によって地底に築かれた国だといいます。宮殿や住居は宝石や純金で飾られ、そこには数百万もの聖者が“あらゆる叡智”を元に、飢えや病気とも無縁に幸福に暮らしています。彼らの中には、日々の瞑想で超能力を獲得したものも多く、100歳以上生きます。また、不思議な乗り物で、地球内部を自在に移動するといいます。

shambara3_web(↑地下宮殿に住むというシャンバラの王)

その理想郷の存在が歴史上、初めて記述されたのは紀元1世紀ごろ。当時、編纂されたチベットの民族宗教・ボン教の経典の地図に、ペルシアやバビロニア、イスラエル、エジプトなどの古代国家と並んで、シャンバラの地名が記載されています。このため、昔から実在の国として信じられてきました。そして、多くの探検家たちがシャンバラを求める冒険へと旅立ちましたが、ほとんどの人々の目の前にシャンバラは姿を現すことはありませんでした。

shambara4_web(↑ロシアの画家・哲学者、ニコライ・レーリッヒ/1874-1947)

ただし、ひとりだけシャンバラにもっとも近づいたとされる人物がいます。それがロシアの画家・哲学者のニコライ・レーリッヒです。

彼は1925年から4年間にわたり、シャンバラを求めてチベット奥地を探検しました。その探索行のなかで、レーリッヒは数々の不思議な体験をしました。

たとえば、レーリッヒはヒマラヤ山中で、まばゆいばかりの法衣を着た僧侶に出会いました。僧侶は全身を高貴なオーラに包まれ、ひとめでただ者ではないことがわかりました。後日、地元の僧侶たちにその話をすると、彼らは「あなたが会ったのはシャンバラから来た僧かもしれない」と戸惑いながら答えたといいます。

また、巨大なUFOを目撃したという話も伝えられています。

shambara2_webさらに、レーリッヒ自身はシャンバラに到達したとは語っていませんが、もしかすると足を踏み入れることができたと想像されるエピソードもあります。

レーリッヒたちシャンバラ探索隊の一行が、ポーターたちの案内で砂漠地帯を訪れたときのこと。ポーターたちが「ここから先は禁足の地だから進めない」というので、探索隊はそれ以上進むことを諦め、その場で野営をしました。すると、その夜、レーリッヒがこつ然と姿を消し、翌日の午後、どこからともなく再び現れたのです。これを見たポーターたちは驚き、「あなたは選ばれた人間だ。そうでなければ禁足の地シャンバラの境界を越えられるはずはない」とひれ伏したといいます。やはりレーリッヒはシャンバラへ行ったのでしょうか。

shambara5_web(↑チベットのラサにあるポタラ宮。シャンバラへの入り口か?)

ちなみに、チベット仏教の聖地ラサには、ポタラ宮という宮殿があるのをごぞんじでしょうか。
ポタラ宮は、かつてダライ・ラマがインドに亡命するまで住んでいた宮殿であり、世界的なパワースポットとしても知られています。じつは、その宮殿の地下こそが、シャンバラにつながっている入り口のひとつだという噂があります。

 

文=ムー語講師・こざきゆう

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