週刊ムー語教室/莫大な財宝はどこへ? 「海賊キッド」の謎

文=ムー語講師・こざきゆう

隠された財宝はどこへ?

知っているようで知らない〝ムー的用語=ムー語〟をわかりやすく解説する、「週刊ムー語教室(毎週火曜日)」。今週は、巨額の財宝を世界のどこかに隠したという「海賊キッド」を紹介します!

 

第39回:海賊キッド

【必修!3ポイントでわかる海賊キッド】

1:世界でもっとも有名な海賊ウィリアム・キッド。海賊や敵国の船から略奪を許される「私掠船」の船長で、実は海賊とはかけ離れた人物だった。

2:キッドが襲撃したインド商人の船は、敵国の通行証をもつため略奪を許されるはずだったが、多国籍商船だったため、海賊として処刑された。

3:処刑前にキッドが「財宝をある島に隠してきた!」と発言したことから、隠し財宝伝説が始まった。噂される隠し場所には日本の島も含まれている。

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ウィリアム・キッド(通称キャプテン・キッド)といえば、〝海賊王〟と称されるだけでなく、〝隠し財宝〟伝説でも知られる、もっとも有名な海賊のひとりです。悪名高く残酷な人物というイメージをもたれがちですが、しかし、その実状は「結果的に海賊になってしまった、海賊とはかけ離れた真面目な人物」でした。ウィリアム・キッドの来歴は諸説あり、はっきりしていませんが、ここではいくつかの説を元に紹介しましょう。

キッドは1640年代~1650年代に、スコットランドの牧師の息子として生まれたといいます。1689年から、海賊や敵国の船を攻撃し略奪を許される「私掠船」の船長として、荒くれ者の元海賊たちを船員に採用し、カリブ海で活躍を始めました。いたって真面目に海賊の駆逐を遂行していたキッドでしたが、自由に略奪をしたいと考える元海賊の部下たちとは折り合いが悪くなっていきました。そして、1691年、部下のロバート・カリファドらが反乱を起こし、キッドは船から追放されてしまったのです。

その後、イギリスの植民地だったアメリカのニューヨークで裕福な未亡人と結婚、商人として成功をおさめていきます。しかし、キッドは幸せな日々よりも、刺激的な海での生活が忘れられませんでした。また、時代的には、海賊による貿易と航海の妨害が増加し、イギリスは国をあげて海賊取り締まりの強化をはかっていました。そこで、キッドは再び立ち上がりました。イギリスの私掠船の船長となる許可を得ると、海賊退治のために、インド洋に出帆したのです。

ところが、イギリス海軍強化のための徴兵によって、キッドの集めた船員の多くが連れていかれてしまい、またしても部下には元海賊を雇わざるを得なくなりました。キッドが海賊船や敵国の船を襲撃する指示を出しても、部下はいうことを聞きません。なぜなら、略奪をしても戦利品は国のものとなるだけで、自分たちのものにはならないからです。部下たちにしてみれば面白くありません。そのため、部下たちは、海賊行為を禁止するキッドに反し、商船の襲撃を繰り返したのです。

部下との軋轢を抱えた日々が続くなか、1698年、キッドの船の前に、敵国フランスの通行証を持つインド商人の船が現れました。この船なら正式に略奪が許されると考えたキッドは、襲撃し、莫大な財宝を手にいれました。そして、捕らえた船をセント・メアリ島へ連れていきました。そこでキッドは驚きました。島には、かつての部下で今は海賊となっていたロバート・カリファドの海賊船が碇泊していたのです!

キッドは過去に裏切られた恨みを晴らすべく、私掠船許可証を大義に、海賊カリファドを捕らえようとしました。しかし、部下たちはキッドの命令に聞く耳を持ちません。なぜなら、インド商人の船から奪った財宝が、自分たちのものではないという不満があったからです。結局、部下たちは財宝の一部を持ってカリファドの元に走ってしまいました。

さらに不運は続きます。キッドが略奪したインド商人の船は、イギリス人船長をはじめ、オランダ人士官、イスラム教徒船員から構成された多国籍商船でした。そのため、国際的な問題をはらみやすかったのでしょう、キッドは「東インドの疫病神」と呼ばれ、海賊として懸賞金がかけられ、逮捕されてしまったのです。そして1701年、無罪を証明する機会も与えられず、まともな裁判も受けられないまま、絞首刑に処されて、その生涯を終えたのです。

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さて、キッドといえば隠し財宝伝説ですが、これは処刑直前に発した「私は莫大な財宝をある島に隠してきた!」という言葉に端を発します。キッドが減刑を求め、苦し紛れにいったものとして無視され、処刑は行われました。しかし、この言葉は海賊をはじめ、多くの船乗りを興奮させました。そして、キッドが隠したという財宝捜しが始まったのです。

その当時には結局、キッドの宝は見つけられる者はいませんでした。ですが、後には、キッドが活動拠点としていたアメリカのガーディナーズ島や、カナダのオーク島、西インドのエスパニョーラ島などから、キッドの隠し財宝が発見されたといいます。

また、実は鹿児島県の宝島や、沖縄県の大神島など、日本にもキッドの隠し財宝伝説がまことしやかに伝えられていますが、発見にはいたっていません。

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宝島(国土画像情報、国土交通省、国土交通省)。

 

なお、2015年にマダガスカル沖で、キッドが乗っていた「アドベンチャーギャリー号」と見られる沈没船と、中から50キロの銀の延べ棒が発見されたという報告があり、キッドの財宝伝説の一端を示すものとして話題を集めました。ただし、数か月後には、現地を調査したユネスコ(国連教育科学文化機関)の専門家らによって、残念ながら否定されました。

…とはいえ、キッドの隠し財宝が現代においても、こうして話題になることからも、時をこえて色あせず、人々を魅了しつづける〝現在進行形の伝説〟だといえるでしょう。

文=ムー語講師・こざきゆう

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