ダライ・ラマとサイババ 生まれ変わる「転生者」の謎

文=藤島啓章

ダライ・ラマの後継者を示す証拠

生まれ変わり、転生の事例報告は、古来、数かぎりなくなされてきたが、とくに有名なのはチベットの宗教・政治の最高指導者「ダライ・ラマ」の転生だ。

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ダライ・ラマ13世(左)と、少年時代のダライ・ラマ14世(右)。

 

ダライ・ラマは人名ではなく世襲の称号だが、襲名は単なる儀礼的なものではない。チベット仏教では転生思想が重視され、第1世ゲンドゥン・ドゥプパから現在の第14世テンジン・ギャツォまで、ダライ・ラマは生まれ変わりをつづけてきた同一人物である、とラマ教信者は信じて疑わないのだ。

後継者は先代の魂が乗り移った化身とされ、先代が歿すると独特の候補者捜しが行われる。第13世トゥプテン・ギャツォが遷化したのは1933年で、直後から後継者すなわち転生者捜しは開始された。まず、祈祷と瞑想によって後継転生者を発見するための手がかりを幻視し、出生地のイメージなど転生者を特定しうるさまざまな徴を得て、チベット北東部のタクツェル村に狙いを定めた。

その村には、1935年7月6日(チベット暦5月6日)生まれで、2歳になる男児がいた。名はラモ・ドンドゥプ。高僧が幻視したとおりの環境で生まれ育っており、13世の生まれ変わりである状況証拠は揃っている。だが、それだけではまだ転生者とは認められない。さらに厳格な試験にパスしなければならないのだ。

ラモ・ドンドゥプの天宮図(ホロスコープ)が作成され、ダライ・ラマ13世の生まれ変わりかどうかが調査された。さらに身体に特別の徴があることを確認したうえで、3歳になるのを待ち、転生の有力証拠とされる前世記憶があるかどうかのテストが行われた。

13世の遺品とそれとそっくりの偽物、たとえば黒い数珠、黄色い数珠、大太鼓、小太鼓、錫杖などをラモ・ドンドゥプに見せたところ、いずれも正しいほうの遺品を選び、「僕のだ」と言った。テストに合格したラモ・ドンドゥプは、かくして第13世トゥプテン・ギャツォの真正転生者として認定され、第14世ダライ・ラマを襲名したのである。

 

転生する“神の化身”サイババ

全知全能の神の化身とも称されたインドの「サティア・サイババ」も転生者として名高い。サイババという呼称は固有名詞ではなく、「SA(神聖な)」「AI(母)」「BABA(父)」という意味の一種の称号。サイババの最初の称号を冠せられたのはシルディ・サイババで、彼がサティア・サイババの前世人格とされる。ただしシルディ・サイババの生い立ちには不明な部分が多く、生年や誕生地、両親の名はおろか、本名すら判然とはしていない。

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シルディ・サイババ(左)と、その生まれ変わりとされるサティア・サイババ(右)。

 

公然と活動を開始するのは1850年代初頭で、ムンバイ(ポンペイ)の小村シルディに居住し、およそ60年間にわたって宗教・宗派を超えた普遍的な神の教えを説くとともに、異能力を発揮してさまざまな奇跡を演じて見せた。

歿したのは1918年で、臨終時に予言めいた言葉を遺した。

「私はサティア(真理/真実)を確立するため、8年後に転生する。そのとき私はサティア・サイババと呼ばれる」

そして、8年後の1926年11月23日、南インドのアンドラ・プラディッシュ州の寒村プッタパルティに住むラトナカラ家の第4子(二男)としてひとりの男児が誕生する。サティア・ナーラーヤナ・ラージュと命名された男児は、1940年にこう公言した。

「私は1918年に亡くなった神の化身シルディ・サイババの生まれ変わりである。サティア確立の使命を果たすため、予言どおり、死んで8年後に転生してきた」

以後、サティア・サイババと名乗り、病気治療やアポート、バイロケーション、空中浮揚など、数々の奇跡を起こす神人としての道を歩んでいったのである。

彼の奇跡現象に関しては真贋論争もあったが、世界的な著名人の信者は多い。帰依者はじつに1億人を超すといわれ、2011年に死亡した際には、インドの大統領・首相経験者以外で行われたのはマザー・テレサのみという国葬で見送られている。

 

(ムー2016年8月号より抜粋)

文=藤島啓章

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