2012年 マヤ予言「終わりの日」到来/戦後日本オカルト事件

編=オカルト雑学探究倶楽部

世界の終わりは本当に訪れたのか

2012年12月21日(23日という説もあった)に、世界は終わりを迎える――そんな終末予言が、世界中で広まっていたことはまだ記憶に新しい。

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マヤの暦が刻まれたアステカ・カレンダー。

 

根拠になったのは、中米のマヤ文明で用いられていた暦、マヤ暦だった。マヤ文明は、現在のメキシコ南部からグアテマラ、ベリーズ、ホンジュラス、エルサルバドルの一部で栄えた古代文明だ。その絶頂期は西暦300~900年の600年間で、これを「古典期」と呼んでいる。だが、それに先立つ「先古典期」と、その後の「後古典期」と呼ばれる時代もあり、あわせると3000年の文明となる。

最大の特徴は巨大なピラミッドを有する宗教的都市を築いていたことだ。にもかかわらず、彼らは金属をいっさい使用していない。車輪の存在は知っていたが、実用化はしなかった。また、都市内は別にしても、都市と都市を結ぶ道路も建設しなかったし、馬も牛もいなかった。ということは、彼らは車も金属器も使わずに、人力だけでジャングルを切りひらき、ピラミッド群を築いたことになる。

しかも彼らは、独特のマヤ文字を操り、すぐれた天文学の知識を有し、暦を作成するなど、高度な文化・文明を誇っていたのだ。そしてあるとき、突然、滅亡してしまったのである。いったい彼らはどこから来てどこへ行ったのか。謎だらけの文明なのだ。

 

予測された終末の姿

そこで予言のもととなったマヤ暦だが、まず基本として彼らは、歴史は一定の周期をもって繰り返すものという認識をもっていた。そのため彼らの用いる暦では、ひとつの周期に必ず始まりと終わりがもうけられていた。煩雑になるので詳細な説明は省くが、彼らの暦によればひとつの「大周期」、言葉を換えるとひとつの時代の長さは約5100年となる。

始まりはグレゴリオ暦換算で紀元前3114年8月11日であり、そこから計算した場合、「大周期」の終わりは2012年12月21日になるわけだ。マヤの人々は、ここから先の暦をもっていなかったという。ということは、そこで世界が終わるのではないか――それがマヤ予言の「終わりの日」だったのである。

では、世界の終わりとして、どんなことが起こると考えられていたのか。主な候補を挙げてみると、天変地異、地球温暖化、太陽の異変、フォトンベルト突入、宇宙的カタストロフィなどだ。

天変地異は、地震や火山噴火、あるいはアトランティスやムーのような大陸の沈下が起こるということだ。地球温暖化は、もちろんそれで一挙に気候が激変するわけではないが、しかし次の太陽の異変とからむことによって地球の気温が一気に上昇すれば、危機的な干ばつを引き起こすことも考えられた。フォトンベルトについては、光子の輪に突入することで、人類の肉体はその影響を受けて致命的なダメージを受けるのではないか、ということだ。そうなればおそらく、人類どころか地球上の生命がほとんど(海底や地中に暮らすものを除いて)死滅することだろう、と。

最後の宇宙的カタストロフィもフォトンベルト説に似ているが、突入する対象が異なる。こちらでは太陽系は現在、フォトンベルトではなく、水素やヘリウム、ヒドロキシラジカルなどで構成された「難所」にさしかかっている。これらは爆発した星の残骸で、太陽系全体が進行方向からこうした元素の衝撃波を受けているとする。その衝撃波で太陽系全体の活動が活発になり、それぞれの惑星の環境が大幅に変化するというのだ。

いずれにしてもこれらの影響は、短期間で現れるものではない。一般的にマヤ予言の「終わりの日」は外れたと思われているが、ここから終末へのカウントダウンが始まったとする解釈もある。最近は、「続き」のマヤ・カレンダーが発見されたという話もあるが、しかし逆に、2020年くらいまで危険が続くという見方もあるようだ。

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コパンにある「(マヤ)神聖文字の階段」。

 

出典=「ムーSPECIAL 戦後日本オカルト事件FILE」(学研プラス)

編=オカルト雑学探究倶楽部

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