卑弥呼の顔を透視した超能力者マクモニーグル/超能力大全

編=オカルト雑学探究倶楽部

驚異の遠隔透視で歴史的論争に決着!?

2007年、月刊「ムー」の企画で、遠隔透視を用いた前代未聞の実験が行われた。なんと、邪馬台国の位置と卑弥呼の顔を遠隔透視しようというのだ。それを可能にするには、空間だけではなく時間をも超えて透視する高度な能力が求められる。最適の人物として白羽の矢が立てられたのが、アメリカの遠隔透視能力者ジョー・マクモニーグルだった。

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まず、「日本の指導者、卑弥呼の墓の場所」と英文で書かれたメモを入れた封筒をマクモニーグルに送り、「その正確な位置を透視してください」と依頼。もちろん彼は中身を「透視」しているので、封は開けていない。

さっそく彼から、3枚の手書きの地図が送られてきた。ところどころにマクモニーグルによるメモも書かれている。わずかに起伏のある場所で、西暦222年から同252年ごろ、最初は男の、のちに女の支配のもと、防御のために人々が暮らす場所だったという。

調べてみると一枚は、山口県長門市一帯の広域地図だった。

結論からいうと、それは従来いわれている奈良県桜井市の箸墓ではなく、山口県長門市にある安徳天皇西市陵墓参考地だったのだ。

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それから同調査では、「卑弥呼は実際にはどんな人物だったのか」という透視も行われている。その内容はかなり細かくなってしまうので、ここからは箇条書きでマクモニーグルの透視結果を報告しておこう。

まず、卑弥呼には「冬の居城」と「夏の居城」があり、季節によって違う場所で暮らしていた。冬の居城は山口県の豊田湖畔で、夏の居城は奈良県桜井市の鳥見山だという。ちなみに豊田湖畔は、卑弥呼の墓があるとマクモニーグルが遠隔透視した場所でもあった。

というのも、卑弥呼の出身地は山口県で、彼女は沖縄経由で大陸からやってきた部族の末裔だった。その部族名が「Yamato――ヤマト」だというのだ。 そして夏の居城がある鳥見山の近くには、須山古墳(奈良県北葛城郡広陵町)と呼ばれる前方後円墳がある。ここは卑弥呼の後継者である壱与の墓だという。

 

卑弥呼の遺体を透視!

ところで、過去にさかのぼる遠隔透視とは、いったいどのようなものなのか。

たとえば今回の卑弥呼のように歴史上の人物について遠隔透視を行う場合、いくつもの時代を行き来しなければならない。生まれた当時の様子を透視する。その答えをもって現在に戻る。次に統治地代の政治形態の質問を受ける。それを見にいく。最後に墓の場所について質問を受ける。すると、墓を造成している時代へいく……。

これは決して、簡単なことではない。マクモニーグル自身、これを繰り返していくうちに情報が混乱してしまうこともあるという。

また、複数回の遠隔透視を行っているうちに、ターゲットの周囲にいる人物についても見えてくる。それも、ターゲットにより近い人物から、という順番が多いようだ。

マクモニーグルは、複数回にわたる卑弥呼の遠隔透視で、彼女に近い子供の姿を見たことがなかった。つまり、卑弥呼には子供はいなかったというのが、彼の印象だ。

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彼の遠隔透視によると、卑弥呼は身長157センチ、体重は55.3キロ。当時としては、やや太り気味ではあるが、理想的な女性の体型とされていた。カラスのような黒髪で、皮膚の色はアイボリー。

マクモニーグルは自らその顔のスケッチを描いているが、南方系の特徴が強い。とくに目の色はスティールグレー(鋼のようなやや青みをおびた濃い灰色)で、これは現代の日本ではあまり見られない。年齢を重ねても若々しく、その声はやさしさを漂わせていたが、相手には質問を許さない断固とした口調だったという。

遺体は古墳内の石室に、花を敷きつめて編んだ花のマットの上に、金色の布地と白い布地でくるまれて横たえられた。

幸いなことに盗掘にはあっておらず、彼女の遺体には手がつけられていないが、しかし長年の風化によってほとんど形をとどめてはいないようだ。

 

(「決定版 超能力大全」より掲載)

編=オカルト雑学探究倶楽部

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