公式取材も敢行! フリーメーソン記事回想/あのときのムー

文=小崎雄

驚きの仮説からロッジ訪問まで

前回の「あのときのムー」(「フリーメーソン 前編」)では、1980年に「ムー」で初めて秘密結社フリーメーソンが取り上げられたことと、1990年代に入ってから現在の定番である“陰謀論の総本山”的なイメージに語り口が変化していったことを紹介した。

しかし、「ムー」のフリーメーソン記事はそうしたものばかりではない。画一的な情報、仮説に縛られることなく、バラエティにあふれているのである。そこで今回は、少し変わり種的な、しかし、いかにも「ムー」らしい切り口の記事をいくつかピックアップして、振り返ってみよう。

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(「ムー」1995年4月号)

まず、紹介したいのは“新発見”ともいえる仮説を掲載した、1995年4月号の「土佐の英雄ジョン万次郎はフリーメーソンだった!?」だ。

近年、再燃しているオカルトブームの立役者のひとり、謎学研究家の三神たける氏が訪れた高知県の足摺岬で、ある発見をした。それは、ジョン万次郎の銅像の手に握られた、直角定規と大きなコンパス! これですぐにピンとくる読者もいるだろう。そう、このふたつは、フリーメーソンのシンボルマークなのだ。

三神氏はこの発見から、ジョン万次郎は、アメリカおよびヨーロッパ各国を歴訪していた時代にフリーメーソンとなり、後に数多くの技術を手にいれることができたのではないか、と推察したのである。

ジョン万次郎がフリーメーソンだったかは仮説ではあるが、そもそも、フリーメーソンは行動したとき、必ずそこに自分たちの象徴を残す。われわれがふだん気がつかないだけで、日常的に目にするものの中にも驚くほど多く隠されている。

それを詳細に取り上げ、加えて、彼らが何を目的としているのか考察したのが、2004年4月号掲載の「フリーメーソンの図像学」だ。

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(「ムー」2004年4月号)

アメリカ1ドル紙幣や、自由の女神像の台座に刻まれた図像など、フリーメーソンの象徴が描かれていることがよく知られたものから、意外なものまで、そのシンボルにスポットを当てて紹介している。これも「ムー」ならではの記事といえるだろう。

また、推論や分析に留まらず、「ムー」は2007年にフリーメーソンそのものに突撃したことで、世間に衝撃を与えた。それが同年11月号掲載の特別取材「公開!! フリーメーソン『日本グランド・ロッジ』」だ。

東京都港区芝公園、東京タワーの真下に位置するフリーメーソンの日本における本部「日本グランド・ロッジ」に取材を申し込み、日本グランド・ロッジ内の様子を撮影、3名のフリーメーソン会員の方にインタビューを敢行したのである。これまで沈黙の立場が貫かれ、その実態が掴めなかったこの“秘匿事項を含む団体”の姿が、関係者の証言で見えてくるという記事は、非常に画期的なものとなった。当時、「ムー」読者だけでなく、多くの人々の注目を集めることとなったのだ。

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(「ムー」2007年11月号)

このように、フリーメーソンが自らを語ることは珍しく、滅多にないことだ。しかし、近年でも、2016年12月号、現役フリーメーソンである高須クリニック院長の高須克弥氏が、フリーメーソンの立場でインタビューに答えてくれている(※記事は「ムーPLUS」でも前編後編にわたって紹介している)。

今後も「ムー」では、他では真似のできない切り口、行動力で、フリーメーソンの謎と真実に迫っていく。

 

文=小崎雄

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