極北の楽園トゥーレと地底の太陽/ムー的異界の七不思議

文=並木伸一郎

極北の楽園トゥーレ

 

北方のはるか彼方、“既知の世界の境界線”を超えた場所に「トゥーレ」という伝説の地があるという。

 

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バード少将の飛行ルートが記載された空洞地球の地図。

 

大地と海の区別がない神秘の地には草木が生い茂り、鳥や獣が遊ぶ楽園だ。その存在は、紀元前3世紀のギリシアの探検家ピュテアスの『大洋』で記述されて以来、博物学者プリニウスなど、名だたる歴史家や叙述家たちによって継承されてきた。一方で、伝説を裏づける決定打はなく、疑問も多い。だが、極点の彼方で不思議な体験をした人々が数多くいるのもまた事実だ。

たとえば、米軍が南極で展開した「オペレーション・ハイジャンプ」の指揮官であるリチャード・E・バード。1946年8月26日の作戦終了後、航空調査を行っていた彼は、極点上空を通過中、ジャングルを有する〝未知の大陸”とそこで暮らす動物を目撃する。しかも、超スピードで移動する飛行物体とも遭遇したというのだ。

南極の氷底にある都市「レインボー・シティ」で暮したというヘファリン夫妻の記録も興味深い。彼らが残した『ヘファリン文書』の“証言〞が実に具体的なのだ。地底3000メートルにある都市は、約250万年前に飛来した天空人の子孫「ハクラン」が興したもの。虹の構成色にちなむ7つの都市があり、中央に白色の巨大ピラミッドが鎮座する。都市は透明なチューブで結ばれ、円形の翼をもつ乗り物が中を飛んでいたというものだ。

彼らの体験とトゥーレの伝説には乖離している部分がある一方で、符合する点も多い。それは、四方を海に囲まれたトンネルをくぐり、地底都市に辿りついたヤンセン親子

の体験についても同じだ。息子のオラフはその場所へ北極から入り、南極から地上に戻ったという証言を残していた。これらをつなぎあわせて考えると、南北の極点は地底世界へつながっていて、ときおり、地上の人々が迷いこんでいるという結論に辿り着く。それがトゥーレ伝説の伝える楽園に違いない。

 

 

地底の太陽“スモーキー・ゴッド”

 

北極圏に近いノルウェー周辺では、極北の彼方に楽園があると古くから語り伝えられてきた。これは、単なる伝承ではない。草花が咲き乱れ、美しい鳥獣が暮らすという伝説の地を、実際に訪れた人物もいるのだ。スウェーデン人漁師のエンス・ヤンセンと息子のオラフだ。

1829年4月、ふたりは楽園を目指して出航し、ひたすら北を目指した。だが北極圏に到達したところで、船は激しい嵐に襲われてしまう。なんとか穏やかな洋上へと辿り着いた親子が目にしたのは、海水に囲まれた〝水のトンネル〞だった。呆然としながらそれを抜けると、彼方に水平線が見える。

 

アメリカのリモートセンシング専門の企業からリークされた、内部で太陽が輝いている南極の穴の画像。
アメリカのリモートセンシング専門の企業からリークされた、内部で太陽が輝いている南極の穴の画像。

 

上空には太陽が輝いていた。それは彼らが知る太陽よりも小さいが薔薇のように赤く、煙に包まれたように鈍い光を放ちながら、その場から動かない。違和感を抱きながらも陸地を捜す親子の前に、巨大な船が現れた。その船に乗っていたのが4メートルの巨人だったことで、親子はまたしても驚かされる。だが、幸いにも巨人は友好的で、彼らの国へと招き入れられた。

地底に広がる巨人の国には、謎めいた動力で動く機械であふれた高度な文明が築かれていた。黄金で彩られた建物、家畜や草木―どれもが巨大である。そこで暮らす巨人たちは、地中で輝く煙った太陽を崇拝し、”煙スモーキー・ゴッドの神”と呼んでいた。この地底都市で2年間過ごしたのち、ヤンセン親子は帰国を決意。教えられたルートを辿って南下すると、南極の海に出た。

直後、ふたりを乗せた船が氷山に激突、土産に渡された巨大な金塊と地底の地図とともにエンスは氷海に消えた。生き残ったオラフは奇跡的に救助されたが、彼の話を信じる者はいなかった。

なぜオラフだけが極寒の氷山の上で無事だったのかを説明できた者もいない。しかし、ノルウェーの漁師たちの間には、煙った太陽を見た、巨人と遭ったという伝話や手記がいくつも残されている。

 

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(「ムー的異界の七不思議」より抜粋)

文=並木伸一郎

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