この一冊で天皇と皇室の歴史が理解できる!「天皇と皇室の秘密がわかる本」

天皇はいかにして国民のために祈っているのか

 

天皇は日々、神々や祖霊に国の安寧を願うための祭祀を行っている。これを宮中祭祀というが、神々を祭祀することによって国を平安に治め、国民生活に平穏と豊穣をもたらすことこそが重大な務めとされるからだ。
国家神道があった戦前は、祭祀は天皇が「皇族および官僚を率いて」行うものだった。官僚=公務員を率いるわけだから、それは国事行為ということになる。また「率いる」ということは、天皇が祭祀長を務めるということだ。

しかし、戦後はこの部分がなくなり、あくまでも天皇の私的祭祀とされた。
宮中には祭祀場所として、賢所、皇霊殿、神殿のいわゆる宮中三殿が置かれている。
賢所には皇祖神アマテラスの御霊代である八咫の鏡が、皇霊殿には歴代天皇および皇族の霊が、神殿にはいわゆる天神地祇、八百万の神々が祀られている。ここは皇居のなかでもひときわ神聖な場所とされており、常に掌典(神職)と内掌典(女性神職)によって清められ、清浄が護られている。

なお、宮内庁の公式ホームページを見ると、そこには年間で二十以上の宮中祭祀が掲載されているが(199ページ参照)、それらの多くは明治維新のときにそれまで途絶えていた祭祀を復興させたり、新たな祭祀としてつくられたものであることには注意を払っておきたい。

 

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宮中における天皇の祭祀は、室町時代に一度、完全に衰退していた。一年を通じて最大の祭祀である新嘗祭でさえも規模が縮小され、応仁の乱を境に完全に行われなくなっていたという。
理由は財政難だが、祭祀王である天皇にとって、これは致命的な事態だった。
新嘗祭が再興されたのは江戸時代中期、東山天皇の時代になってからのことだ。ただしこのときも予算不足で、幕府の援助を受けている。

天皇の即位年に行われる大嘗祭の費用調達はもっと深刻で、室町時代の後柏原天皇など、管領の援助でなんとか即位の礼は行うも、大嘗祭は挙行できなかった。大嘗祭が復興したのも東山天皇の時代だったが、このときは経費節約を理由に儀式が簡略化されており、これならいっそやらないほうがいいという否定派の意見で、次の代には再び廃止されてしまった。

なお、宮中祭祀の規定が書かれた『皇室祭祀令』は1908(明治41)年に制定されたもので、戦後はその効力は失われているが、現在もなお慣習的にそれに基づいて、皇室の私的祭祀として行われている。当然、費用は国費ではなく、内廷費によってまかなわれている。

 

「天皇と皇室の秘密がわかる本」第六章より抜粋。

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