国石への選定が古代の霊性を甦らせる! 日本の古代ヒスイ文明とは?

文・写真=北出幸男(ザ・ストーンズ・バザール代表)

5000年の歴史をもつヒスイ大国

花はサクラ、鳥はキジというように日本を代表する国の花や鳥がある。そしてこのたび天然石が仲間入りして、国の石にヒスイが選ばれた。

  1. 1:国内で産出する宝石である
  2. 2:日本人のヒスイ愛用には5000年を超える歴史がある
  3. 3:ヒスイは美しいだけでなく気品がある

主な理由は以上のとおりだ。

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姫川産圧砕ヒスイ。

ヒスイといえば、女性向けの半透明濃緑色の宝石を思いおこす。だが、ヒスイに藤色や青、黒、赤色のものがあることはあまり知られていない。基本色は白だが、ヒスイは極微の結晶が集った岩石状の構造をしていて、いろいろな異種鉱物が混ざりこみやすく、各種の色味となる。

ヒスイ(翡翠=赤と緑)の語源は、古語でカワセミをさした。カワセミは古代中国ではなかば伝説の霊鳥で雄は緑、雌は赤色をしていると想像されていて、とろ味のある緑色のヒスイは霊鳥の羽根の色に似つかわしかった。

こう書くと、ヒスイは中国の宝石のように思われるかもしれないが、実際には中国では産出しない。高価な宝石の扱いを受けているのはミャンマー産のみで、中国の人たちがヒスイを知ったのは18世紀になってからだ。それまで古代中国の宝石文明を席巻し、「玉」と呼ばれてきたのはネフライトという、ヒスイとは別の鉱物だった。

それに対して日本では、新潟・富山の県境地方で5000年以上も前――縄文時代――にすでにヒスイが採集されていて、産地で製作された大珠(タイシュ)などのヒスイ製品は北海道から九州まで、古代の交易路を運ばれていったことが日本各地の縄文遺跡からの出土品によって明らかになっている。

考古学関連の書籍では強調されないままだが、超古代の日本列島にはヒスイを宝玉と仰ぐヒスイ文明が栄えていて、ヒスイは至高のパワーストーン、霊力を秘めた魔法の石として珍重されていたのだ。

 

崇拝されたヒスイの呪術パワー

この文明は弥生・古墳時代へとつづき、奈良時代の手前、継体天皇や聖徳太子の時代あたりでどういうわけか姿を隠していく。日本列島におけるヒスイ文明の歴史と消滅の過程は、十字軍が隠した秘宝や古代マヤ文明の黄金伝説と同様にミステリアスだ。

糸魚川地方を訪ねると、いくつかある縄文遺跡でヒスイ工房跡を見学できるし、博物館では出土品を見ることができる。目を引くのは前述の大珠と呼ばれる、おもに細長い楕円形をしていて、中央寄りのところにスッパリ穴を開けたヒスイ製品だ。しかし、これが何に用いられたのかはわかっていない。

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ヒスイ製大珠。重量は約1キロ、長さは26センチある。日本翡翠情報センター所蔵。

今日でも巨大ダイアモンドが博物館や宝石店に展示されるとニュースになって、人々に崇拝されたりするのと同じように、大珠は魔法の力を放射して、病を癒し、狩りの成功を約束し、恋人を射止めるなど、呪術師のパワーを高めたことだろう。

最古の大珠は、約5000年前と推定される山梨県の天神遺跡から出土したものが知られている。それから世代に世代を重ねて長い年月が経った。なのに今日になっても富山県朝日町のヒスイ海岸に立つと、腰をかがめてヒスイの原石を探す人たちの姿を目にできる。彼らは衣装こそ違えど、現代によみがえった縄文人だ。こういう場所は世界にふたつとない。

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糸魚川市の市振海岸は、ヒスイ・ハンティングの穴場的存在だ。ヒスイ以外にも美しい石がたくさん落ちている。

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