無気味な呪文にっしいぎりぎり/黒史郎の妖怪補遺々々

文・絵=黒史郎

妖怪補遺々々(ようかいほいほい)

ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」(毎月更新)! 連載第7回は、明らかに〝人が妖怪として語られた〟、いわば妖怪誕生の瞬間のお話です。

 

妖怪が人をさらうというイメージ

ヒトが一番コワイ。

よく耳にするフレーズですが、実に真理をついていると思います。悪意をもって人を害すのは人以外になく、「人の皮をかぶった」「人の心を持たぬ」といわれるような悪行をおこなうのも結局は人間です。

けれども、昔は必ずしもそうだとは考えなかったようです。

たとえば、「人をさらう」という行為です。

誘拐は人のする犯罪行為に他なりませんが、昔は「神隠し」と呼び、人ならざるものによって起こると考える者も少なくはありませんでした。

特に妖怪と誘拐は親和性が高く、いつまでも寝ない子供は「妖怪がさらいに来るぞ」と親に脅かされたものですし、山に棲む魔性のものにさらわれて数日後に帰ってきたという話も各地にあります。東北地方に伝わる「叺親父(かますおやじ)」「叺背負い(かますしょい)」などは、泣いている子供を大きな叺(かます・穀物などを入れる藁でできた袋)に入れてさらうという典型的な人さらいのイメージを持った妖怪です。

昔は「妖怪」イコール「さらうもの」というイメージが強かったようです。それだけ、なんの前触れもなく姿を消してしまう人が多かったのでしょう。実際は妖怪の仕業などではなく、山や川で遭難して帰れなくなったのかもしれませんし、悪人による誘拐事件に巻き込まれていたのかもしれません。ここで注目したいのは後者、人によって「神隠し」が行われていたかもしれない、という点です。

これはつまり、行動次第では人も妖怪的な存在になり得るということです。

妖怪というと「のっぺらぼう」「一つ目小僧」「大入道」のように、顔がない、目がひとつ、背丈が木よりも高いなど、人の姿をしていても何かしら人とは異なる部分を持っている印象があります。ですが中には、目や口の数、手足の数、背丈もまったく人と同じなのに、妖怪として伝わっているものもあるのです。

この場合は容姿ではなく、言動が化け物じみているということでしょう。

ならば、常識から外れた行動をとったがため、妖怪にされてしまった人もいたのではないでしょうか。

気になるケースを見つけましたのでご紹介いたします。

 

不気味な行動 にっしいぎりぎり

約20年前に発行された『心の民俗誌』(五曜書房)という本には、数十年前に起こったこととして、熊本県球磨郡の某村に奇怪な行動をとる人物が現れたという記録があります。

ある日の夕方のことでした。

いつどこから入り込んだものか、村の中に僧の姿をした大男が現れました。

その男は民家の出入口の前に立つと、四角に折りたたんだ手拭いを左手にのせ、右手で本をめくるような仕草をし、「にっしいぎりぎり、にっしいぎりぎり」という不気味な言葉を怒鳴りだしたのです。

kuronissi2

それを見た村人たちは、お坊さんだろうかと米を差しだしましたが、男はまったく受け取ろうとはせず、20分ほど「にっしいぎりぎり」と唱えると、また別の家の前でも同じようなことをしはじめます。

大人たちの中には「生き肝取り」だと恐れる人もいて、外にいるわが子を慌てて家へと引っ張り込んで閉じ込めました。

しばらく奇怪な行動をとっていた僧形の怪人物は夜になると姿を消し、青年団が棒きれを振り回して村の中を捜しましたが朝になっても見つかりませんでした。

この怪人物の噂は他の村へも伝わり、いつからかこれを「にっしいぎりぎり」と呼んで、恐ろしい化け物として伝えていたそうです。

これは妖怪ではなく、人間だったのでしょう。なぜ、わざわざ僧の姿をして無気味な唱え事をして回ったのでしょうか。ただの嫌がらせや悪戯にしては手が込んでいます。昔は自らを「陰陽師」だと騙って勝手に悪霊・妖怪祓いをし、善人から金銭を巻き上げる詐欺師もいたそうですから、その類の悪人かもしれません。あるいは個人的な恨みで村に呪いをかけていたのかもしれません。その目的のわからないところが、この人物を一層、妖怪じみた存在にしています。結果、彼は「にっしいぎりぎり」という名の妖怪として語られることになるのです。

さて、この話の中に「生き肝取り」という言葉が出てきましたが、これはおそらく、人さらいのことだとおもわれます。

昔は、人さらいにさらわれると肝を抜かれ、血や油をしぼり取られるという恐ろしい話があちこちで語られていたのです。それは「子取り」「肝取り」「油取り」「血取り」などと呼ばれ、子供たちの間では怖い人というよりも妖怪的な存在になっていたのでしょう。そういう背景もあったから、この「にっしいぎりぎり」は妖怪化したのかもしれません。

妖怪が誕生する瞬間を描写した貴重なお話だとおもいます。

文・絵=黒史郎

  • 1

この記事と同じトピックを探す

関連記事

編集部おすすめ

アクセスランキング

  • デイリー
  • ウィークリー
  • トータル