あなたの町にもある怪しい坂/黒史郎の妖怪補遺々々

文・絵=黒史郎

妖怪補遺々々(ようかいほいほい)

ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」(毎月末水曜日更新)! 連載第8回は、妖怪そのものではなく、怪異の起こる「坂」に注目しました。

 

異界と交わる場所――坂

妖怪が生まれやすい場所・条件などはいくつかありますが、そのひとつに坂があります。

日本神話には現世と黄泉との境にある「黄泉平坂(よもつひらさか)」が出てきますが、人々にとって坂とは、異界と交わるもっとも身近な場所のひとつであったと考えられます。

だからでしょうか、坂にまつわる怪しい伝承はとても多いのです。そのいくつかを今回は紹介いたします。

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「三年坂(さんねんざか)」と呼ばれる坂があります。

同名の坂は数か所ありますが、もっとも有名なのは京都の清水寺に通じる「三年坂」でしょう。ここは「産寧坂(さんねいざか)」とも呼ばれ、多くの参拝客が通る場所です。

この坂には「転んだら3年のうちに死ぬ」という、とんでもない俗信が伝えられています。

『東京の坂道』(石川悌二著・新人物往来社)を見ると、東京にも同名の坂が複数あることがわかりますが、いずれも同じ内容の俗信が伝わっています。転んだだけで死ぬなんて、なんとも理不尽な話です。

神奈川県川崎市多摩区には、違った理由で転んではいけない「耳取り坂」があります。その名称どおり、ここで転ぶと耳を取られてしまうのです。

これは坂の近くに棲む狼の仕業です。歩いている人の後をつけて、転んで隙を見せた瞬間に襲いかかり、耳を噛みちぎるのです。これは坂というよりも、「送り狼」という妖怪の性質を持つ話になっています。

いずれにしても、私たちにとって坂は転ぶと怖い目に遭う場所のようです。

けれども、妖怪の方はまったくおかまいなしで、どんどん坂を転がります。

 

転がる、下がる、塞がる

石川県金沢市の「槌子坂(つちのこざか)」には、不思議な形状の化け物が現れました。

小雨の降る晩、とぼとぼと寂しい坂道を歩いていると、真っ黒な何かがころころと転がってきます。それは、藁や砧(きぬた)を打つ横槌(よこづち)という道具に似ており、まるで生きているように転がりまわるのです。

消える間際、雷かというほどの大声で笑ったといいますから、本物の横槌ではないのでしょう。これを見ると毒気にでも当たってしまうのか、2、3日は熱を出すといいます。

鹿児島県天草地方の「とっくり坂」では、徳利(とっくり)が転がります。道に徳利が落ちているので拾おうとすると、ころころと転がって逃げていき、追いかけるとどこまでも転がっていくので拾えません。これは狐の仕業とされていました。

柳田國男の「妖怪名彙」には、「薬缶坂(やかんざか)」の名があります。東京都杉並区にあるこの坂は、雨の夜に歩いていると坂の中ほどで薬缶が転がるそうなのです。

どうして薬缶なのでしょうか。形状から見ても、かなり転がりづらそうです。

この「薬缶坂」は東京に何か所もありますが、そのすべてが薬缶の転がる坂ではありません。薬缶ではなく、野干(やかん)、つまり狐(あるいは狐に似た獣)が出て人を化かしそうな薄暗い坂だったことが名の由来となっている「薬缶坂」もあります。

転がるだけではありません。

神奈川県藤沢市の「つるべ坂」では、夜の坂道で釣瓶(つるべ)が下りてきたそうです。せっかくの傾斜を利用しないというパターンです。これは狢(むじな)の悪戯だといわれています。

群馬県勢多郡赤城村には、道に障子が立って通れなくなる「しょうじん坂」がありました。本物の障子なら通れないということはないはずなので、これは「塗り壁」のような道を塞ぐ妖怪なのでしょう。それにしても、夜道に立つ障子だなんて、かなりシュールな光景です。

また、同郡には夜に通ると車の音がする「車坂」、茶釜を転がすような音のする「裏の坂」、「小豆とごうか人とって食おか」と声がする「アゴヤ坂(アゴヤは小豆のこと)」などもあります。これらのほとんどはおそらく狐狸の悪戯でしょう。

最後にちょっとだけ癒される坂をご紹介します。

鹿児島県大島郡龍郷町の「ワンド坂」です。この坂にいるモノは、「ホイホイ」と声をかけると「ホイホイ」と返してきます。「タルヨ(だれよ)」と訊ねると「タルヨ」と返し、「ワンド(私よ)」というと「ワンド」と返したそうです。

返事をしているのは、鹿児島でいちばん人気のある妖怪「ケンムン」の声だといいます。

寂しい夜には、よい話し相手かもしれません。

黒氏ゆかりの町にある坂。アズキババアという妖怪が現れたという伝承がある。
黒氏ゆかりの町にある坂。アズキババアという妖怪が現れたという伝承がある。

文・絵=黒史郎

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