ぶら下がる怪サガィマタ/黒史郎の妖怪補遺々々

文・絵=黒史郎

妖怪補遺々々(ようかいほいほい)

ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」(毎月末水曜日更新)! 連載第9回は、「下がる」特性をもって語られる妖怪を紹介します。

 

下りてくる、こわいもの

「神社の前を通るなら、あの杉の木には気をつけろ。あそこは●●●が下がるぞ」

まだコンビニエンスストアも信号も街灯もなかった時代、夜は明るくありませんでした。

陽が落ち、あたりが黒い影をまとう時刻。人通りのない寂しい道には、目を塞がれたような真っ暗な闇が立ち込めます。そんな道を提灯ひとつの明かりだけで歩かなければならないというとき、先のようなことをいわれたらどうでしょうか。

小道の脇にたたずむ木々は、亡霊のような無気味なシルエットを闇に刻んで見下ろしてきます。提灯の明かりの届かない樹上には濃い闇が吹き溜まり、その中で何かが自分を見下ろしてはいないかと、恐ろしい想像を膨らませずにはおれません。だからでしょう、「木から下がる」という特性を有する妖怪は、非常に多くの地域で語られています。木の上は妖怪をイメージしやすい場所だったのです。

今回のテーマは「下がる妖怪」です。

下がる特性を持つ妖怪には、物を下げるタイプと、自分自身が下がるタイプのふたつがあります。

よく下がるのは釣瓶(つるべ)でしょう。井戸から水をくみ上げる桶、あるいはその仕掛けです。前回の「坂」でも、夜の坂道で釣瓶が下りてくる怪所「つるべ坂」を紹介していますが、同じような怪異は多くの地域で見られます。

愛知県宝飯郡(現・豊川市)の一宮村(現・一宮町)には、大きな杉の木に鬼が住んでおり、金釣瓶(かなつるべ)を下ろして杉の下を通る人をさらったという話があります。鬼なのですから、そのまま襲っても簡単に人をさらえるでしょうが、わざわざ道具を使って釣り上げるところに遊び心を感じます。

高知県安芸郡の佐喜ノ浜のあたりでは、夜中に通ると「つるべにのれ、つるべにのれ」と声のする場所がありました。声がした後、空から黄金の緒のついた釣瓶が降ってきますが、当然、乗ってはいけないものでしょう。

同県羽田郡大方町(現・黒潮町)には、木の上から「油ぢょうづ(油つぼ)」が下りてきて、青い火を灯すという怪があります。これは「油ちょうちん」とも呼ばれ、とても恐れられていたそうです。熊本県天草郡の「油ずまし」と同じ系統の妖怪でしょうか。

青森県ではイジコが下がりました。赤ん坊を入れるカゴのことで、このイジコが真っ赤な炎に包まれながら木からぶら下がるという怪異が、北彰介編『青森の怪談』の「いじこと人魂」の章に複数見られます。これは、オギャアと赤ん坊の声をさせ、真っ赤に燃えるイジコが木の枝先に下がって揺れるもので、なにをするというわけでもありませんが、目撃した人はみんな肝を冷やされて逃げ帰ります。また、このイジコの中に赤ん坊がいたというケースもあります。ヒノキの上でオギャアと泣いているのを見て、ある人が助けようと木を登りますと、その赤ん坊がニヤリと笑って化け物の形相となり、真っ赤な舌で舐められたといいます。

『青森の怪談』にはほかにも、生首、真っ赤な提灯、棺桶などが下がったという話が収録されています。

 

だれもが恐れたサガィマタ

最後に、少し変わったものを下げる妖怪を紹介します。

sagaximata2鹿児島県川辺郡知覧町(現・南九州市)に伝わる、「サガィマタ」です。

これも大木の上などにいるもので、なにを下げるのかといいますと、広げた股を下げるのです。

自分の下半身を下げるというのも珍しいです。「サガィマタ」とは「下がり股」ということでしょう。

この妖怪は足をぶらぶらとさせ、下を通る人間を股で挟み、そのまま木の上に引っ張り上げて喰らってしまうという恐ろしい化け物なのです。どのような姿なのかは語られておりませんが、どんな化け物よりも恐れられていたようで、親のいうことを聞かない子供には、「暗くなるとサガィマタが下がるから早く帰ってこい」「そんな悪い子はサガィマタのところにやってしまうぞ」と、よく脅し文句に名前を使われたそうです。

余談ですが、西アフリカにもサガィマタと同じようなことをする「ササボンサム」というものが伝わっています。これも樹上に潜み、足を使って人間を引き上げて食ってしまう怪物です。やはり、昔の人々にとって木の上は、未知のものが息を潜めているかもしれない怖い場所だったのでしょう。

文・絵=黒史郎

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