
丑の刻参りよりも恐ろしいザア/黒史郎の妖怪補遺々々
文・絵=黒史郎
妖怪補遺々々(ようかいほいほい)
ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」(隔週水曜日更新)! 連載第12回は、失恋の復讐心から生きたまま化け物になった女怪を補遺々々しました。
夜更けにおこなう呪いの儀式
草木も眠る丑の刻。夜闇の垂れる神社の奥に、コーン、コーンと音が響きます。
だれかが憎い相手を呪うため、五寸の釘を藁人形に打ちこんでいるのです。
この「丑の刻参り」は古くからある呪術ですが、だれでも手軽に行えるためか、現代でもたいへん人気があります。皆さんも一度くらいは試したことがあるのではないでしょうか。私はあります。
白装束を身にまとい、火のついたロウソクと鉄輪(かなわ)を頭にのせ、顔を朱色に塗って五寸釘を握りしめる姿は、われながら恐ろしいものでした。
さすがに神社の神木に釘を打ち込むわけにはいきませんので、自宅で粛々と行いましたが、わが身に何かが降りてきたような、そんな特別な気持ちになったのを覚えています。
今回は、この「丑の刻参り」と似ている、ある地域に伝わる呪術をご紹介いたします。
キーワードは「ザア」です。
妖怪事典に見られる失恋幽霊「ザー」
「ザア」の名は、次のふたつの妖怪資料の中に見られます。
日野巌『日本妖怪変化語彙』
【ザー】……垂髪の幽霊で、失恋女がザーになる。(琉球宮古島)
佐藤清明『現行全国妖怪辞典』
【ザァー】……琉球宮古島。失恋の女が垂髪の幽霊になったもの。
どちらも情報量は少ないですが、沖縄県の宮古島に伝わる、失恋をした女性がなる幽霊であることはわかります。「垂髪」は結わずに下ろした髪ですから、なんとも恨めしげな、いかにも幽霊らしい外見のようです。
これだけを読むと哀しいだけの存在ですが、「ザア」は、とても恐ろしいものなのです。
『南島研究』二十九号「南島の妖怪について——宮古島の場合——」(岡本恵昭)では「ザー」とし、これを「実話」だとしています。それによると「ザー」とは、想いを遂げることのできなかった女性が相手の男を恨み、丑三つ時に自ら変ずるものだといいます。また、男に裏切られたり、想い人に捨てられたりしても、これに化けるとあります。
夜半、白い着物を着た垂髪の女が、頭にロウソクを立て、幽霊のように道を彷徨うのです。その姿は「丑の刻参り」と酷似しています。そして、四辻でブツブツと呪いの言葉を呟きながら歩くといいます。
興味深いのは、同資料に記されている「ザー」になる方法です。
まず、若い女性が夜半に家を出て、豚便所(ぶたべんじょ)に入り、そこで祈りごとをしてから家の周りを3周、巡ります。豚便所とは「フール」「ウワーフール」などとも呼ばれる、豚に人の排泄物を処理させるトイレのことです。
そのあと、カヤ(茅でしょうか)を抜き取って口にくわえ、頭髪を垂らし、頭頂に米三粒を置き、ロウソクの立った盆をのせて(頭にのせるということでしょうか)家を出ます。
この状態で四つ辻に立つと、女性はマジムン(化け物)に変わり、「ザー女」となる、とあります。「ザー」に恨まれた男は、病にかかって痩せ細って死ぬのだそうです。
前出した妖怪資料では「幽霊」、つまり死者とされていましたが、こちらの資料ではどうやら、生きたまま人から化け物に変ずるようです。
また、同資料には、豚便所に入って「ザーの神を頭に乗せる」ともあります。これは、神をわが身に降ろすということでしょう。豚便所は神がいる力強き場所と考えられていました。その神は化け物を退け、生きた魂を守ることもしますが、時には奪うこともするのだといいます。「ザー」とは、この神に魂を捧げ、人から人ではない存在へと変わる闇の儀式なのかもしれません。
ザーのすさまじき執念
宮古島の情報誌『月刊みやこ時評』第16号の「のすたる島みゃーく」では「ざあ」とし、この地に古くから伝わる呪法であり、生きながら化けた女が男を苦しめるものだと紹介しています。
こちらの資料によると、「ざあ」になるためにはまず、おにぎりを3個、作ります。その3個に1本ずつ線香を立て、これを頭に乗せ、最寄りの豚小舎に行ってその周囲を3周するのです。これから人を呪ってやろうとメラメラしているときに、おにぎりを作らされた上、それを頭にのせて歩かなければならないなんて、なかなかハードルの高い呪術です。
同資料には、「ざあ」を複数の人間が目撃したという信じがたい話も載っています。
城辺町(現・宮古島市)の西城に伝わる話です。
ある男性が、交際していた女性をだまし、捨ててしまいました。それからすぐに新しい恋人をつくり、毎日、バスに乗って会いにいきました。
そんな、ある日の夕方でした。いつものように、男性を乗せたバスは、新しい恋人の住む町へと向かっていました。ザラツキという場所にある、モクマオウの生える林にさしかかった、その時です。
急にガクンと衝撃があり、バスが停まってしまいます。かと思うと、今度はバスが、ずるずると後ろに引きずられていきます。
何が起こったのかと、運転手や乗客が後ろを振り向きますと、なんと林の中から、牛の胴体ほどもある毛むくじゃらの太い腕が突き出ているではありませんか。その腕が、バスの後部バンパーをしっかりと掴んでいたため、急に動かなくなったのです。
それだけではありません。林の上の夕空に、長い髪の毛を振り乱し、目をランランと光らせる、真っ赤な口が耳元まで裂けた女の顔が浮かんでいたのです。
捨てられた女性は古くから伝わる秘法によって「ざあ」となり、男性の乗ったバスが通るのを、林の中でジッと待ち構えていたのです。
この化け物は、男性が恋人のところへ行こうとするたびに現れたといいます。
文・絵=黒史郎
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