転がる死の箱チカバク/黒史郎の妖怪補遺々々

文・絵=黒史郎

妖怪補遺々々(ようかいほいほい)

ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」(隔週水曜日更新)! 連載第13回は、「あなたの町にもある怪しい坂」(第8回http://gakkenmu.jp/column/11312/)でも少し触れましたが、日本にとても多くみられる“転がる妖怪”を補遺々々しました。

 

あやしいものは転がってくる

夜道をひとりで歩いていると、ころころころころ、後ろから何かが転がってきます。

茶色くて、丸い、小さな何か――風につつかれた紙クズでしょうか。あなたを追い抜き、ころころころころ、道の先へと転がっていきます。

ころころころころ……ぴた。

それは、数メートル先で動きを止めます。どれ、正体を見てやろうと歩みを速めると、ころころころころ。また、転がって先へ行ってしまう。

そこで、あなたは気づきます。今夜は一度も、風が頬を撫でなかったことに――。

あれは風もないのに転がっているのです。そしてまた、数メートル先で止まっています。あなたを待っているのです。

――もし、こんなことがあっても、相手にしないほうがいいでしょう。夜道を転がりながら、人をもてあそぶ妖怪もあるのです。

今回のテーマは「転がる怪」です。

「転がる」は、妖怪にはとても多く見られる性質です。また、「〇〇しようとすると逃げる」という行動は「転がる怪」にはよく見られます。

第8回のテーマ「坂」では、「転がり、逃げる」性質を持つ怪として、鹿児島県天草地方の「とっくり坂」を紹介しましたが、これと類似するものをいくつか紹介いたします。

東京都大田区には昔、狢窪(むじなくぼ)という所がありました。そこは一畳ほど急に低くなっており、日中でも寂しい場所だったそうです。

ここには、「白鳥徳利(はくちょうどくり)」が転がったといいます。

徳利(とっくり、とくり)は、おもに酒を入れる容器のことを指しますが、白鳥徳利は白くて細長い形状が白鳥に似ることからそう呼ばれるようです。

あるとき、酒を買うために狢窪を通った人が、道に白鳥徳利が転がっているのを見つけました。拾おうと手を伸ばすと、ころりと転がって取れません。さらに手を伸ばすと、ころりと転がり、また取れない。まるで、手から逃げるように転がって、触れることができないのです。その人は狐に化かされていると思ったそうです。

香川県綾歌郡綾歌町には「トックリマワシ」という妖怪が伝わっています。

これも寂しい場所に出る土の徳利のようなもので、蹴とばそうとすると横に逃げ、足を上げようとすると前へ転がります。

同じ綾歌郡に伝わる「シロウズマ」も似たような性質を持つ妖怪です。

こちらは徳利ではなく丸い石のようなもので、積み重ねてある藁を持ち上げると、その下からゴロリと出てきます。これを蹴とばそうとしたり、棒で叩こうとしたりすると、ぞろり、ぞろりと先へと転がっていき、気がつくと山の奥まで誘い込まれているといいます。

 

蹴ったら何が起こるのか……

どんなに退屈だったとしても、夜道を転がる怪しいものには、ちょっかいをかけないほうがいいでしょう。時間の無駄というだけではありません。相手がただ、ころころと逃げ回るだけとは限らないからです。

先ほどは香川県綾歌町の「トックリマワシ」を紹介しましたが、同県には「とっくり廻し」と呼ばれる石もあります。これは山道や暗い道にある白く丸い石で、蹴ると見る見る倍の大きさとなります。倍になったところでもう一度蹴ると、さらに倍の大きさとなって通行を妨げたといいます。ころころと転がることから、この名前がつけられたようです。

また綾歌郡には同系統の「ミチマガリ」「ワタマワシ」という妖怪もあります。

「ミチマガリ」は枌所村(そぎしょそん)の太鼓渕という場所に出ました。ごろごろと転がって足の下に入ろうとし、蹴とばすと股の下に入って「ぷーっ」と膨れます。急いでいるときに遭遇してしまうと、とても面倒な妖怪です。村人たちはこれを何かの祟りだろうと恐れ、地蔵を建てましたが、これが意外な霊験を持つことになりました。この地蔵の石の欠片を持っていると、なんと博打に勝てるというのです。ですから、地蔵はあちこちが欠けていたそうです。

「ワタマワシ」は坂に現れるもので、こちらの見た目は綿きれです。やはり、蹴るとどんどん大きくなり、タカラバチ(笠)くらいの大きさになるといいます。綿が膨らんだからといって何だという話ですが、昔はそれでも気味が悪かったのでしょう。

『遠野今昔』には、遠野市綾織町の日増山に現れた「ブチブクレ」という怪物についての記述があります。夕暮れ時にひとりで山を登っていると、味噌玉(みそだま。つぶした大豆を玉状にして作った味噌)ほどの小黒いものが、ぐるぐると回りながら坂を転がってきます。気にせずに見過ごせばそのまま転がっていくのですが、杖などで叩けばみるみる膨れて一斗笊(いっとざる。一斗は一升の十倍)ほどにもなり、叩いた人の周りをぐるぐると回ったといいます。逃げても、どこまでも追ってきたそうです。打つと膨れるので「打ち膨れ」、「ブチブクレ」ということのようです。

 

夜に転がる死の箱

最後は転がりづらそうな妖怪を紹介いたします。

「チカバク」あるいは「チカバコ/チカ箱」と呼ばれる「箱」の怪です。

鹿児島県奄美群島のひとつ、徳之島に伝わるもので、小型の箱の形をしており、人間の魂を奪い取ります。

この地域では使い終えた籠や臼といった「入れ物」は、ひっくり返すか横向きにし、「口」が上を向かないように気をつけたといいます。口から何かがが入りこむと、その入れ物が転がってくると信じられていたからです。「チカバク」も、そうした悪いものが入り込んでしまった箱なのかもしれません。

「チカバク」はただ、転がってくるだけではありません。これと行き合うと、たいへん危険です。

宝島(フーシマ・地名)の人が夜、これと遭遇し、3日目に死んでしまったといいます。この人は、白い箱が転がっていたのを見たのだそうです。

また、ある男性が夜、綱を綯(な)っていると、クヮラクヮラクヮラーと小さな箱が回ってきたといいます。箱を見たと話した男性は、それから5日後に死んでしまったそうです。

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文・絵=黒史郎

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