100周年のファティマを教皇が巡礼――秘匿される預言の真意とは?

文=鬼塚五十一

ファティマの奇跡100年目の真実

ポルトガルの夕暮れは遅い。今年5月12日の夕刻、ローマ教皇フランシスコがファティマ大聖堂前の大広場に姿を現したときにも、まだ日は高く、あたりは明るかった。

教皇専用車「パパ・モービル」に乗って、ファティマの聖域に入ってくると、「ビバ パパ!!」の大歓声がいっせいに沸き上がった。自身の教皇マークの入った白い旗と、白いハンカチが歓声とともに振られ、日差しにキラキラと輝く。それはまさに歓迎の嵐渦巻く海のようだった。

フランシスコは、歓声に応えながら、約80万人近く集まった巡礼者の広場を一巡した──。

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フランシスコ教皇がやってきたここファティマは、今からちょうど100年前、聖母マリアが出現した聖地である。

この聖域を大きく分けると、4つの建物で区別される。中心となるのは、壮大な広場にそびえ建つ「大聖堂」である。これは「ロザリオの聖母」に捧げられた、ネオゴシック様式の建造物だ。この大聖堂を前にして、「出現の礼拝堂」「聖三位一体のバジリカ」「黙想の家」の3つが、向かって左側に建つ。

大聖堂の一番手前にある「出現の礼拝堂」は、1917年5月13日、3人の牧童ルチア・ドス・サントス(当時10歳)、フランシスコ・マルト(9歳)、ヤシンタ・マルト(7歳)の前に聖母マリアが現れた場所に建てられたものだ。

教皇フランシスコは、専用車で大広場を巡った後、「出現の礼拝堂」に入り、すぐに聖母マリア像の前にひざまずいて、個人的な沈黙の祈りを捧げた。

その後、巡礼者の代表として、聖母マリアへの祈りを先唱し、巡礼者がそれに続く。約80万人の巡礼者の祈りが、ファティマの大広場から、近郊の丘に壮観に響きわたった。

それが終わると、フランシスコは銀の花入れに差した金のバラを、聖母像の足下に捧げ、午後の訪問礼拝は終わった。

そして夜、再び広場に現れたフランシスコは、巡礼者が手にするローソクを祝別(物を祝福すること)した。すると、それが合図のように、フード付きのローソクの火が、巡礼者の手から手へと灯されていく。広場はまたたく間に、ほのぼのとした幻想的な光の世界へと一変する。

そして説教が始まった。テーマは「いつくしみ」。聖母マリアは「いつくしみの母」として、この地で神のいつくしみの計画を100年にわたって示した。今、そのいつくしみがいかに必要かを訴えた。そのため、自分は「光と平和、希望の巡礼者」としてこの地を訪れた、と。

説教が終わると、教皇自らの先唱による、聖母マリアへの祈り、ロザリオが始まった。光の海の中から、ラテン語の祈りが、ローソクの灯となって夜空へ昇っていくようだった……。

こうしてファティマの祝日の前夜祭は終わりを告げた――。

 

聖母出現の記念日

ポルトガル人を夢中にさせるものは3つあり、「3F」といわれている。ファティマ、ファド(ポルトガルの民族歌謡)フットボールの3つである。ファドとフットボールなら多くの人がわかるが、ファティマとなると、キリスト教文化圏でないと知らない人も多い。

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ファティマは、首都リスボンから北東へ約150キロ離れた、人口わずか2500人の小さな村である。今から100年前、この地に聖母マリアが出現して以来、カトリックの一大聖地となっている。そのファティマ周辺が、毎年5月10日前後になると、騒然となりはじめる。

リスボン近郊の国道という国道は、人々で溢れ返る。彼らはいっぱい荷物を背負い、手に杖を持って歩いていく。

なかには、幼児や赤ん坊を抱きかかえ、また病気の子供を乳母車に乗せて向かう人もいる。どこへ行くのかと尋ねてみると、返ってくる言葉はみな同じだ。

「ファティマ!」

明るく弾むような声だ。彼らはファティマへと向かう巡礼者の群れなのである。毎年5月13日が聖母マリア出現の記念日であり、その祝日に向けて、ただひたすらファティマへ向かって歩いていくのだ。

なかには1週間かけて歩いてくる者もいる。病気の子供は、回復祈願のためであり、幼児や赤ん坊は、彼らが健やかに育つよう、聖母マリアに祈るためだ。しかもこうした巡礼は、今や伝統的な国民的行事ともなっている。そのため、政府や軍隊も国を挙げてこの行事に対応し、赤十字も協力を惜しまない。

たとえば、国道の要所には仮宿泊所や治療所のテント小屋が設営され、巡礼者の休息場となっている。そこには、歩き詰めで足が腫れ上がった人、疲労でダウンした人など、さまざまな体調不良の人が休んでいる。

当然、看護婦の手当を受けることも、仮説ベッドで休養することもできる。軽食や飲み物も無料で提供され、そのまま宿泊することさえできるのだ。

今年はそうした休息場が、巡礼者でいっぱいになった。なぜなら、冒頭で紹介したように、教皇フランシスコがファティマに巡礼したからである。

ファティマの奇跡に関しては、「ファティマ第3の預言」にも注目が集まり、100年目の教皇巡礼によって秘密が明かされるのではないか、ともいわれていた。

だが、つまるところ、現在までこの預言は公開されていない。

しかし第1の預言が、当時の第1次世界大戦の終結であり、第2の預言が第2次世界大戦の勃発ならば、次なる第3の預言は、いみじくも教皇フランシスコがいったように、第3次世界大戦になることは、おおかた予想がつくところだろう。

「すでに第3次世界大戦は勃発している」との発言もある、その真意とは? ムー2017年9月号にて、ご確認いただきたい。

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(ムー2017年9月号 総力特集「聖母マリア『ファティマの奇跡』100年目の真実」より抜粋)

文=鬼塚五十一

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