謎多き妖怪マー/黒史郎の妖怪補遺々々

文・絵=黒史郎

妖怪補遺々々(ようかいほいほい)

ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」(隔週水曜日更新)! 連載第14回は、もともと民俗学でも採集情報が少なく、名前は知っていても中身を知らない人が多いともいわれる、謎の妖怪マーを補遺々々しました。

 

情報の少ない妖怪

『沖縄大百科事典』の「妖怪」の項目を見ると、次のように書かれています。

《得体の知れない恐ろしいもの、不思議なもの、あるものが外観を変えたものをいう》

そのあとには「ユナーメー」「アンカジ」「タッチュー」「フィフィマジムン」など、見なれないカタカナ表記の名詞が並んでいます。いずれも沖縄県で伝承されている妖怪です。

今回、ご紹介する「マー」の名も、この中にあります。

しかしこの「マー」、事典に載っているにもかかわらず、どのような妖怪なのか、ほとんど知られていません。まさに《得体の知れない》ものなのです。

私がこの妖怪の名を初めて見たのは、1972年に発刊された「ジャガーバックス」シリーズ『日本妖怪図鑑』でした。これは子供向けに書かれた妖怪百科で、約200体の妖怪が紹介されている名著です。

著者の佐藤有文氏は「日本の妖怪地図」という章の片隅に、「マー(沖縄) 形のない妖怪だが、大きな口がどんどん開いて人間をのみこむ」という解説と、アングリと開いた「口だけ」の妖怪のイラストを載せています(イラストはおそらく『画図百鬼夜行』の妖怪「赤舌」の口でしょう)。他の妖怪よりも扱いが小さく、情報も格段に少ない「マー」は、とても気になる存在でした。

『日本妖怪図鑑』より前に出た子供向けの妖怪本に「マー」の記述がないかを調べますと、1970年に発刊された月刊漫画雑誌『まんが王』7月号の付録「ビッグマガジン No.7 妖怪」内に「マー」の名がありました。こちらはイラストもなく、ただ「形ははっきりしていない」とだけ紹介されています。

もっと前から漫画雑誌の妖怪企画などで「マー」を扱っていた可能性もありますが、子供向けに出版された書籍は、全体的に執筆者の自由な発想によって創作されているところも多く、沖縄に伝承されていた「マー」と同一のものであるという根拠を示すことは難しいです。

ここはやはり、民俗資料を頼りにしたいものですが、私の知るかぎり、「マー」の記述がある資料はそれほど多くありません。

1972年に発刊されたジャガーバックス・シリーズ『日本妖怪図鑑』(佐藤有文著/立風書房刊)。黒氏私物。
1972年に発刊されたジャガーバックス・シリーズ『日本妖怪図鑑』(佐藤有文著/立風書房刊)。黒氏私物。

 

民俗資料の中のマー

日野巌『日本妖怪変化語彙』には「牛の鳴き声をする怪物」、金城朝永『琉球妖怪変化種目(一)』には「形態は漠としているが、牛の鳴き声をする」とだけ説明があります。

どうも「マー」は、牛のような声を発する、姿形のよくわからない化け物のようです。

折口信夫『沖縄採訪手帖』には「ま」という怪について書かれています。これは那覇から与那原へいく道にある一日橋のあたりで、踊りの音をさせるものです。この音に近づくと、水に引き込まれてしまいます。こちらは牛の声ではなく、踊りの音です。沖縄で踊りというと、琉球舞踊の三線(さんしん)や胡弓(こきゅう)のような音でしょうか。楽しそうな音は人を誘うための罠で、このような妖怪に誘われることを「まやすん」、つまり、「迷わされる」というそうです。

この「ま」と「マー」が同一のものかはわかりませんが、どちらも姿がわからず、声や音だけを発します。「竹切り狸」や「べとべとさん」などの「音の怪」の一種でしょうか。

原田信之『沖縄・久米島の「マー」と「カーボーザー」――南島の妖怪譚をめぐって――』には、久米島(仲里村比嘉)で採集された「マー」の正体に関する貴重な話が載っています。

それによると、この地域に伝わる「マー」も目には見えず、人を水に引きずり込んで溺死させる恐ろしい化け物ですが、音や声を発したという記録はありません。「音の怪」ではないのです。これは川や池で死んだ人の霊がそのまま水の中に住みついたもので、なぜか、海で死んだ者は「マー」になりません。昔は川や池で人が死ぬと、「あそこにはマーがいる」と噂が広まり、一人で泳いでいると「マーに引っ張られるぞ」とよく脅されたそうです。

どうも久米島では、人が溺れ死ぬのは姿の見えない水死者の霊の仕業だと考えていたようです。原田氏の調査によると、「マー」という名称は魂(たましい)を意味する「マブイ」の「マ」からきていると考えている人が多いようですから、霊魂ならば姿が見えないのも頷けます。

――と、ここでまた、私たちを混乱させる展開を迎えます。

姿形のない「マー」を、なんと生け捕りにしたという話があるのです。

死霊を生け捕りというのも矛盾していますが――その話は『仲里村誌』『仲里村史 第四巻 資料編3』、このふたつの民俗資料の中で確認できます。

 

明らかになるマーの形

むかしむかし、人里に近い川に一匹のマーが住んでいました。

マーは人の気配があると姿を見せませんが、子供が一人で水遊びをしているとその足をすくって、深みに引きずり込んでしまいます。

そんな悪いマーを、なんと一人の爺さんが生け捕りにしました。

頑丈な綱で縛りあげ、豚便所の後ろに生えているウスク(クワ科の常緑高木)の根元にくくりつけておきますと、水気のなくなったマーは萎んだ芋蔓のようになって力を失い、四、五日もたつと枯れ枝のようになって動かなくなりました。

そんなある日のことです。その家の婆さんが便所で用をたして戻るとき、死んだように干からびていたマーが突然、「ハーメーホーヨー(婆さんの股間を見たぞ)」と笑いだしました。怒った婆さんが夜光貝の殻に入れていた水をひっかけると、水分を得て元気になった「マー」は綱を切り、川に飛び込んで逃げてしまいました。

なんと、この「マー」は人の言葉を話すのです。しかも、人間が何をいわれると怒るのか、よくわかっているようです。これは高い知能があるということでしょう。

また、ここで語られている「マー」は「形態が漠とした」ものではなく、小さな子供の姿をした妖怪だとされています。川の淵や深い川に棲み、子供の影が水面に映り込むと水の中に引き込んで溺れさせるといいます。「河童」とよく似た性質の妖怪のようです。

新里幸昭「沖縄の妖怪」(『沖縄文化研究 21』)でも「マー」の姿に触れています。資料によると国頭郡や名護市など複数の地域に伝わっている妖怪で、深みに住み、人を引き込んで溺れさせるという性質は他の「マー」と同じですが、その姿は蛸(たこ)や入道雲の形をしています。こちらも溺れた人の霊がなったもので、次の犠牲者を出さないと成仏できないので人を溺れさせるのだといいます。

また、久米島の「マー」は海にはいないとされていましたが、名護市安和などでは海にも「マー」はいて、それは「ウミマー」と呼ばれています。やることは同じで、足を引っぱって人を溺れさせるのですが、川にいるものは「マー」、海にいるものを「ウミマー」と区別していたようです。

ここで興味深いのは、自分が成仏するために人を溺れさせるという性質です。

南島研究会発行の『南島研究』には、水死者の霊魂は自身が救われるため、次の犠牲者を作るとあります。海で遭難して死体が上がってこない人は、やがて亡霊となって生きている人を海に引きずり込むのです。その命と引き換えに、それまで見つからなかった死体が上がってくるのだそうです。

こういった迷信は、近年まで沖縄の各地域では信じられていたようです。

昭和61年、酔った船員が海に転落するという事故がありました。その人は3日後、水死体となって海上に浮いているのを発見されたのですが、発見される前に別の人が溺死してしまったため、「自分が天国に上がるために他の人を(海に)引っ張り落とした」と噂されたそうです。

ここまでの情報をまとめますと、「マー」とは水死者の霊であり、牛の声や囃子の音、あるいは子供や蛸や雲の姿となって人を水辺に誘い込もうとする悪いもののようです。

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文・絵=黒史郎

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