災いあるところにアヤカシあり/黒史郎の妖怪補遺々々

文・絵=黒史郎

妖怪補遺々々(ようかいほいほい)

ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」(隔週水曜日更新)! 連載第18回は、あらゆる災害時に語られる怪しきものを補遺々々しました。

 

災と妖怪の親和性

地震、津波、台風、噴火、火事、旱魃――人類はさまざまな災いに見舞われ、そのたびに多くの大切なものを失っていきました。空、海、大地といった自然の起こす災禍を前にし、無力な人間は成す術もありません。

そうした自然災害の起こるメカニズムは今でこそ解明されつつありますが、昔は超常的な存在により引き起こされるものだと信じられておりました。

自然の起こす災いに限りません。人の不注意などで引き起こされる災い、いわゆる人災も未知なる存在の仕業とされることもあります。

今回はこうした、あらゆる災いの陰で暗躍する怪しきものに触れてみたいと思います。

 

震災・水災・火災の陰に……

地震は地下にいる大きな鯰(なまず)が引き起こす、そんないい伝えがありました。

江戸時代には大地震後、大きな鯰の化け物や擬人化された鯰などが描かれた「鯰絵」が流行しました。この鯰ですが、地震を起こせるほどの大きさなのだとすると、間違いなく日本一大きく、日本一厄介な化け物ということになります。ですが、そこに「待った」をかける俗信がありました

 

【地中の金魚】

大阪府三島郡豊川村宿久庄には、地震を起こすのは大きな鯰ではなく、地中に住む大きな金魚のせいだという俗信があります。地震とは、この金魚が動くために引き起こされるものであり、大阪のあたりは金魚の尾の部分なのでとくによく揺れるのだといいます。金魚の頭があるあたりは東京だそうです。関東から近畿ぐらいまでのサイズの金魚が暴れたら、それは日本にとって大変なことです。鯰と比べると見た目の迫力はありませんが、金魚としては間違いなく最強でしょう。

ここ数年、私たちがとくに恐ろしさを思い知ったのは水による災いです。水は俄かに性格を変え、圧倒的な量と勢いですべてをなぎ倒し、押し流し、さらっていきます。この災いを察知して逃れる術は決して多くありません。そんな絶望的な自然の猛威の陰にも妖(あやかし)の存在はありました。

 

【笛吹田(ふえふきだ)】

群馬県勢多郡には「笛吹田」と呼ばれる田がありました。このあたりでは夜な夜な怪しい者が現れ、笛を吹きながら歩いたといわれています。この田にさしかかると笛の音は止み、怪しいものは消えたそうで、こういうことが7日間続いた後、赤城山で大洪水が起こったといいます。洪水の被害は大きいものでしたが、どういうわけかこの田のあるところで水は止まったそうです。笛を吹く者の出現は、災いの兆しなのでしょうか、それとも救いだったのでしょうか……。

 

【白髭の翁】

福島県南会津郡檜枝岐村には、とても迷惑な爺さんの話が伝わっています。この地域は明治のころに大洪水があり、たくさんの橋が押し流されてしまいました。村の中央にある橋だけは高さもあって造りも丈夫だったので、洪水で流されずにしばらく残っていましたが……川上から巨大なボコテイ(暴風などで倒れた大木)に乗った白髭の老人がやってきて、ボコテイから下りると手にした鉄の斧で橋を打ち壊して去ってしまったといいます。この爺さんの正体や目的はわかりません。

大水の次は大火に現れた怪しいものです。

 

【火を呼ぶ児】

岐阜県揖斐郡徳山村の櫨原(はぜはら)という地は、7度の大火に見舞われています。その火災は、この地で村人によって殺された新田義貞の祟りによるものだったという伝説があり、新田義貞がこの地に落ち伸びたとき、彼を匿ってあげた1軒の家だけは7度の火災からの被害を免れたといわれています。この火事のときに、謎めいた児(ちご)が村に現れたと伝えられています。この児が川下から悲しげな声でホウイホウイと呼ぶと火が出て、村が全焼してしまったのだそうです。この児は何者なのでしょうか。

 

戦前、戦中にあらわれたもの

震災、水災、火災も怖いですが、私たちが今もっとも恐れるべきは戦災でしょう。人によって引き起こされる最大の災いです。

最後は戦争にまつわる変わった妖怪的事例をふたつご紹介いたします。

 

【北山神社の神様火】

鹿児島県河辺郡知覧町では戦時中、北山神社から火玉が尾を引いて飛んでいくのを何人もの人が見たといいます。神社から「ピラピラピラー」と火玉が上がると「北山どんがまた戦争に行くところだ」といい、また何日かして「ピラピラピラー」と光る火玉を見ると、「今、戻ってきたところだ」といったそうです。また、大火が起きたときには、この神社の神様が火の玉になって火を消しに向かったといいます。人々が困っているときに加勢にいくなんて、ありがたい存在です。

 

【日の丸山羊】

沖縄県具志川市(現在のうるま市)上江洲では、日の丸模様のある山羊が見つかっています。

戦前のころです。あるお婆さんの飼っている家畜の中に、背中に日の丸の型がついた山羊が見つかりました。これが見つかったころ、田場という場所の井戸(チンガー)や下水から、水が溢れるということがあり、それからすぐに戦争が起こったといいます。この山羊の日の丸は凶兆だったのでしょうか。

また戦時中にも、腹に日の丸模様のある山羊を飼っている家があると話題になりました。そのころは敵兵の目を「山羊の目」といっていたことから、山羊の身体に国旗の印があるのは戦争に勝つ徴(しるし)だといわれ、新聞社も取材に来たといいます。こちらでは、良い兆しとして扱われています。

このように昔の人々は、良いことや悪いことの兆しである徴(しるし)を、身近なものから見つけていたのです。

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文・絵=黒史郎

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