人か妖怪か みつめ入道と徳利の又吉/黒史郎の妖怪補遺々々

文・絵=黒史郎

妖怪補遺々々(ようかいほいほい)

ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」(隔週水曜日更新)! 連載第19回は、人とも妖怪とも考えられる、ボーダーラインの妖怪を補遺々々しました。

 

妖怪は一歩違えば迷惑な人

もし今、みなさんが住んでいる家の近くに「小豆洗い」が現れたらどうでしょうか。

一般的な「小豆洗い」は、夜間に小豆を洗うような音がし、「小豆洗おか人取って喰おか」と物騒な歌が聞こえてくるという音や声のみの怪異です。昔なら「わっ、小豆洗いだ、怖い!」となったのでしょうが、現代日本でこれをやっても、きっと「妖怪」の仕業とはなりません。近所の住人が出す迷惑な騒音とされるでしょう。ある意味、妖怪より怖いかもしれませんが……。

妖怪には、実はただの「迷惑な人」だったのではないか、そう考えられるものがあります。

例えば、第7回でご紹介した「にっしいぎりぎり」は、僧の姿をした大男が民家の前で「にっしいぎりぎり、にっしいぎりぎり」と不気味な言葉を唱えるという、ひじょうに迷惑な妖怪でした。しかし、この迷惑行為以外はとくに妖怪らしい部分がありません。人と同じ姿で、人でもできるようなことをしているだけなのですが、そこにあらゆる背景、状況が重なって「妖怪になった」のです。

今回も「人か妖怪か」の境界が際どいものを捜してみました。

 

見た目は人、でも中身は――

神奈川県相模原市に「みつめ入道」という妖怪が伝わっています。

これは鳩川という川に架かる、いま橋に現れました。

「みつめ入道」と書くと3つの目がある妖怪を想像してしまいますが、これは「三つ目入道」ではなく、「見つめ入道」です。橋を渡る通行人をジッと睨みつけるだけの妖怪で、狸の悪戯とされていました。

「入道」は坊主頭の人ですから、この橋では夜な夜な、坊主頭の人が睨んでくることがあったのでしょう。妖怪といわれなければ、ただの怖い人です。

どうして、この「みつめ入道」は妖怪とされたのでしょうか。

怪談ではよく、「こんな深夜に子供がひとりでいるはずがない」「夜の山道を女性がひとりきりで歩いているはずがない」といったシチュエーションがあります。この「~はずがない」が重要なのです。そこに存在している「はずがない」ものを見ると「普通ではない」となり、人は恐怖をおぼえるようです。妖怪にも同じ理由で誕生したものがたくさんありそうです。

今は夜が明るく、遅い時間まで開いている居酒屋や24時間営業のコンビニもあるので、深夜に外で人を見かけても「妖怪だ」とはなりません。ですが昔は街灯もコンビニもなく、火を灯さなければ夜は目を塞がれたように真っ暗でした。そんな暗い場所で提灯も持たず、黙ってこちらを睨んでくるという行動の異常性が妖怪「らしい」のです。

(※ 民俗資料などに記述のある伝承にはブランク(空白)部分も当然あります。伝承されていくうちに情報の欠けが生じるのです。肝心の「妖怪らしい」特徴の情報が欠けている場合もあるかもしれません)

また、そういう妖怪じみた異常な行動をとる人を、狐や狸が「化けている」、あるいは、「化かされている」と考える人もいたようです。

 

東京都大田区で採録された、こんな話があります。

おばあさんがイワシを買って帰っていますと、頬かむりをした男が話しかけてきました。

男の動きは奇妙でした。おばあさんが右手にイワシを持つと右側にきて、左手に持ちかえると左側にくるので、とても気味が悪いのです。小走りで離れても後ろからずっとついてきます。

やがて、村が見えてきたので安心したおばあさんが少し歩みを緩めますと、男は後ろから「たいらの稲荷様はどこだ」と話しかけてきました。

「おまえさんがさっき立ち小便した辻の左だよ」とおばあさんが返すと、男は「そうか」といって、おばあさんに向いたまま後退しながら歩いて戻っていきます。奇妙な歩き方をするので気になって見ていると、辻を曲がった途端、男は狐になって走っていきました。

後退しながら歩いていたのは、尻尾を見られないためだったようです。イワシを狙って近づいたけれど、おばあさんがまったく隙を見せないので諦めて去ったのでしょう。

この話は最後に狐の姿が出てくるので笑い話として聞けますが、狐のシーンがなければ、たいへん気味の悪い話です。

 

徳利の又吉

新潟県佐渡郡相川町(現在は佐渡市)には、不思議な芸を見せる人物が伝わっています。

鉱山で働いていた又吉(またきち)という男は、よく不思議な芸を見せて仕事仲間を笑わせたり、困らせたりしていました。ある時は鉄砲玉を取りだし、「酒の肴にはこれがいちばんうまい」とガリガリ食べて見せ、またあるときは「ろくろ首の真似をやって見せる」といって、首をくるんと回したり、伸ばしたり、縮めたりしました。皆が気味悪がって「やめろ」というと、又吉は喜んだ様子で、「これには種があるんだ」とその種を見せるのですが、これがいくら見てもさっぱりわかりません。

そんな芸の中でも、もっとも不思議だったのは、徳利を使ったものでした。彼はなんと、自分の身体を小さな徳利の中に隠すことができたのです。この芸の種だけはだれにも明かさなかったそうで、彼は「徳利の又吉」と呼ばれて怖がられていました。

このころ、「二つ岩の団三郎狢(だんざぶろうむじな)」という化け狸が鉱山で働いている人たちを化かすという噂があったので、又吉はその狸が化けたものではないかといわれたそうです。

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文・絵=黒史郎

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