ガングルユマタのカタパグピンザ/黒史郎の妖怪補遺々々

文・絵=黒史郎

妖怪補遺々々(ようかいほいほい)

ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」(隔週水曜日更新)! 連載第21回は、前回の豚妖怪につづき、今回も動物の姿をした、山羊妖怪を補遺々々しました。

 

夜闇に聞こえる寂しげな声

陽が燃え尽きたばかりの、どす暗い夕闇の刻。ひと気のない畦道の影はみるみる濃くなっていき、夜の気配が深まり、帰り路の背中は次第にうすら寒くなっていく。そんなとき、後ろから声が聞こえてくる。笑っているような、泣いているような、寂しげで、哀しげで、どこか情けなくも聞こえる弱々しい声。……大丈夫、この声は山羊だ。このあたりの家で山羊を飼っているのだ。でも……声はどんどん、後ろから追いついてくるような気がする。なにもいるもんか、なにもいるもんか、自分にいい聞かせながら、そっと振り返る。闇の中にぽっかりと浮かぶ、真っ白な顔。その顔が『え、え、えぇぇぇ』と無気味に笑った。

 

前回は南島の豚妖怪がテーマでしたが、今回は南島の山羊妖怪です。

山羊も豚同様、その優しそうな外見からはあまり怖いものとは結びつかないイメージがありますが、沖縄や鹿児島で語られる「山羊の怪」は決して少なくありません。

 

片足の山羊を求めて

沖縄県の宮古島には、ガングルユマタ(ガングリユマタとも)という場所があります。この場所には昔から山羊の妖怪が現れるといわれておりました。

その名も「カタパグピンザ」。

「カタパグ」は「片足」で、「ピンザ」は宮古島の言葉で「山羊」を意味します。ですから、「片足山羊」という意味の名前をもつ妖怪です。

まず、疑問に思うのが名前の「片足」という部分です。山羊にとって片足とは、何本足の状態のことなのでしょうか? 片側前後の2本がないのか、1本だけ足りないのか、どちらにしてもバランスは悪そうです。

私が確認している「カタパグピンザ」の姿が描かれた資料でもっとも古いものは、1986年に発行された宮古の総合情報誌『みやこ時評』の中に掲載されたイラストです。その姿は、1本足の山羊でした。また、ボーダーインクから2002年に刊行された『読めば宮古! あららがまパラダイズ読本』のマップ内でも、1本足の山羊の幽霊「片足ピンザ」がかわいらしいタッチで描かれています。じゃあ、1本足の山羊なのかというと、2本だけ欠けた3本足という説もあるので、「カタパグピンザ」の正確な足の数はわかっていないのです。

足の数も気になりますが、とくに興味深いのは「情報が古くない」という点です。これは大昔の迷信ではありません。昔から語られていた妖怪ではありますが、現代でも都市伝説として生き延びている貴重な存在なのです。

宮古島生まれの30代のかたにお聞きしたところ、小中学生のころに「カタパグピンザ」の話をよく聞いたそうで、この妖怪が現れたときの対処法も伝わっていたといいます。

「カタパグピンザ」に頭の上を飛び越えられると死んでしまうといわれていたので、飛び越えるときに足を掴んでやると難を逃れられるといわれていたそうです。

南島の豚は股の下をくぐって命を奪いますが、南島の山羊は頭上を飛び越えて死をもたらすのです。

 

ガングルユマタ

この片足の山羊の情報を求め、私は何十回と宮古島を訪れて取材しました。

この妖怪が出没するといわれるガングルユマタへも幾度となく行きましたが、何があるというわけでもなく、とくに変わったところのない普通の十字路でした。ですが、地元の一部の人たち(とくに御高齢な方)にとってここは怖くて不吉な場所であるらしく、タクシー運転手のかたに聞くと、今でも通りたくないという人もいるようです。ガングルユマタを避けて通ってくれといわれたことも何度かあるそうです。

ガングルユマタという名称ですが、「ユマタ」は「四つ辻」のことで、「ガングル」の意味は、よくわかりません。いくつか説があります。ひとつは妖怪が立てる音です。「カタパグピンザ」が「ガングリ、ガングリ」と音を立てて追いかけてくることからついた名前だというのですが、これは最近になっていわれている説なのかもしれません。

他には沖縄には龕(ガン)という棺を運ぶ道具があり、それが「ガングル」の名に関連しているともいわれています。

現地で取材をする中で、このようなお話しを聞くこともできました。

ガングルとは、山羊のお化けが缶を蹴る音をさせることからついた名前だといわれていて、当時は真っ暗闇で缶を蹴る音だけが聞こえてきたら、「カタパグピンザだ!」と逃げだしたそうです。

 

 

山羊の妖怪たち

 

「カタパグピンザ」以外の山羊妖怪の名前を捜していきましょう。

佐藤清明『現行全国妖怪辞典』には「ピンザマヅモノ」という、宮古島に伝わる山羊の妖怪が記されています。「マヅモノ」は「マズムヌ」で、宮古島では妖怪を指す言葉ですから、「ピンザマヅモノ」は「山羊のお化け」という意味になります。『現行全国妖怪辞典』は昭和10年に発行されたものですから、そのころから「カタパグピンザ」は伝わっていたのかもしれません。同資料には「ピーシャーヤナムン」という妖怪も紹介されています。沖縄では山羊を「ヒージャー」「ピージャー」「ピーザー」とも呼び、「ヤナムン」は「悪霊」「妖怪」といった意味がありますから、これも「山羊のお化け」という意味になります。これは大宜味や漢那では「ヒーヂャーマジムン」、奥間や半地や振慶名では「ピヂャーマジムン」、奥では「ピーダーマドゥムン」と呼ばれていました。

他にも、山羊だと思って持ち帰ったら木の枝に変わっていたという話、学校の運動場に群れを作って現れ、人を追いかけ回したという話もあります。

また、沖縄だけでなく、鹿児島には首のない「クビキリャヤギ」が伝わっていますし、奄美大島の与路島では、山道などで不意に雄山羊の臭いがするという怪異があったようです。

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文・絵=黒史郎

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