通電処理を発明したのはだれか? 謎の電気肉03/グルメの錬金術師

文=川口友万

決してマネしないでください。

蛇蔵のマンガ『決してマネしないでください。』は、工学部の研究室に集う変人学生たちの話だ。一般文系から見ると、理系は変人の集まりだとよくわかる。紙飛行機を量産するロボットを作ったり、素数でポーカーしたり、普通の人はそういうことはしない。

その中に食べ物をハッキングする回があり、鶏肉に電気を通すとおいしくなるという話が載っていたのである。

電気刺激法を知らなかった私は、そんなバカなことがあるものかと思ったが、出典は『アリエナイ理科の教科書』という隠れたベストセラーだった。作者の作家集団・薬理凶室は『決してマネしないでください。』の学生たちが大人になったような方たちで、バリバリの理系エンジニアである。都市伝説の類いとは思えない。

蛇蔵さんと知り合いになり、鶏肉に通電する話を試したかどうかを聞くと、やっていないという。そこでマンガの通り、鶏肉に電極として釘を差し込み、家庭用の100Vを直結してみた。

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最初の通電実験。鶏胸肉に100Vを流した。

 

通電すると数秒で湯気が上がりはじめた。よく見ると、肉が中から光っている。電気を流したことで、肉の中で放電が起きているのだ。

(これはおいしくなる前に調理されてしまうのではないか?)

不安なまま、1分ほど通電し、電気を切って肉に触ると、冷たい。釘を刺した場所は周囲が少し焦げていたが、他は生のままだ。

比較する。通電した鶏肉と未通電の鶏肉を焼き、食べ比べてみた。

「なにこれ! 全然違う!」

蛇蔵さんが大騒ぎし、本当かよ? と疑いつつ、食べると本当に味が違う。電気を通した鶏肉の方が、明らかに柔らかく、味がおいしくなっている。通電により、肉の味が変わるのは本当だったのだ。

 

私たちは本当の鶏肉の味を知らない

日本では肉の通電はほとんど行われていない。欧米に比べて肉の消費量も国内生産量も桁違いに少ないためだ。

日本の場合、輸入肉と鶏肉を除き、寝かせて熟成させる余裕がある。しかし国産の鶏肉は加工から出荷までの時間が非常に短く、熟成の時間がない。殺してすぐに内臓を抜くなどの処理をされ、冷凍される。冷凍のままスーパーなどに搬入され、解凍後も冷蔵状態で店頭に並ぶ。買った人はそのまま冷蔵庫に鶏肉を入れるので、結局、鶏肉はずっと死後硬直のままで食卓に並ぶのだ。私たちはちゃんと熟成した鶏肉の味を知らないのだ。

では『決してマネしないでください。』や『アリエナイ理科の教科書』で紹介された鶏肉への通電はだれが元ネタなのか?

2002年に麻布大学獣医学部の坂田亮一教授が(株)前川製作所と共同で開発した鶏肉の通電処理装置が元ネタである。

坂田教授の研究室の卒業生が鶏肉会社に就職、そこで課題として与えられたのが鶏肉の骨の除去の高速化だった。前述のとおり、鶏は殺されてすぐに加工される。内臓と骨を抜き、部位にカットされて冷凍(または冷蔵)されるが、この時、骨の除去に時間がかかる。死後硬直が解けていないため、肉が骨に噛んでしまうのだ。

教え子から相談を受けた坂田教授は、欧米で行われている電気刺激法を使うことを提案、通電処理装置を作る。通電により、死後硬直を解除すれば肉は容易に外れるというわけだ。

坂田教授は肉質の変化についても論文を発表、それによると通電の前と後では、肉の固さはおよそ半分になり、保水性は数倍に向上した。鶏肉は通電により柔らかくジューシーに変化するのだ。

坂田教授の研究を受けて、私は慶応大学発のベンチャー企業AISSYに鶏肉とマグロを持ち込み、同社の味覚センサー『レオ』を使って、通電による味の変化がどのように起きるかを調べた。その結果、うま味成分が有意に向上、肉の味自体がおいしくなっていることがわかった。ATPが電気刺激により短時間でイノシン酸に分解されることは間違いないのだ。

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AI搭載の味覚センサー『レオ』。

 

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左が通電前、右が通電後のマグロのうま味成分の変化。明らかに増している。

 

以降、私は通電した肉を『電気肉』と名付け、キルリアン写真の撮影技法で肉を光らせて、月一回開いている科学実験酒場などで提供している。

通電自体は30V程度で十分であり、高電圧を使う必要はない。ただ見世物としては派手な方が面白いので、わざと1万5000Vを通電させ、肉から放電させては客がワーワー騒ぐのを楽しんでいる。

現在、長野県短期大学の小木曽准教授が電気肉による肉質の変化を鹿肉などに応用する研究を進めている。野生の肉は比較的固いものが多く、熟成が欠かせないが、腐敗させずに熟成させるには技術が必要だ。通電でそれができれば、特別な冷蔵装置がなくても熟成した肉を出荷できる。

また通電することで肉を殺菌できるらしいこともわかっている。『電気肉』を使って刺身などの殺菌も可能かもしれない。鳥刺しのように菌が肉の内部で繁殖するために除菌が難しい生肉も、肉を加熱しない通電殺菌が可能になるかもしれないのだ。

現象として知られてはいるものの、なぜ通電でATPの分解が加速されるのかはわかっていない。電気の生命の関係は、動物電気が否定されてからほとんど研究されていないのだ。

もしかしたら電気肉には、生命に関する重大な秘密が隠されているのだろうか。フランケンシュタイン博士の妄想は案外に正鵠を射抜いているのかもしれない。

(電気肉編/了)

 

 

*次回は、キノコに放電! お楽しみに。

文=川口友万

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