20年の時を超えて甦る概念『霊的ボリシェヴィキ』とは? 高橋洋×武田崇元 対談

文=川口友万 写真=福士順平

霊学的なあの世はどこにあるか

ホラー映画の巨匠、高橋洋監督の最新作──。それが『霊的ボリシェヴィキ』だ。本誌でおなじみの武田崇元氏が、1970年代に提唱したこの概念にインスパイアされた作品の魅力と霊的世界の真実を、ふたりの巨匠が大いに語り合った‼

takahashi-takeda2 武田 『霊的ボリシェヴィキ』はいろいろな解釈の余地のある奥の深い映画だと思うのですが、高橋監督の作品のなかでいうと、『恐怖』と世界観的には通底してますよね。

高橋 そもそもの経緯は今から20年以上も前に、武田崇元さんのインタビューで「霊的ボリシェヴィキ」という概念を知ってめちゃくちゃ昂揚して、国会図書館に行って武田さんが過去に書いたり編集したものを集めはじめたんですね。

それで2000年代に入ってからですが、Jホラーシアターで1本撮らないかという話があって、出した企画が『霊的ボリシェヴィキ』。ですから、そのときに原型はできていたのですが、一般向けじゃないという理由で否定されて、それで考えたのが『恐怖』。なので同じ想像力のなかで成立したものなんです。ただし『霊的ボリシェヴィキ』が最初にあって、『恐怖』のほうが副産物なんです。

武田 なるほどそうだったんだ。この映画でまず「ムー」的にむふふと思うのは登場人物。主催者が浅野、最初に告白する刑務官が三田……。

高橋 浅野は浅野和三郎、三田は月の裏側を念写した三田光一。

武田 で、主催者側の霊能者が宮地なんですね(ちなみに役名表記は宮路)。死後の世界ではなく異界に出入りし、『異境備忘録』を残した宮地水位 。

宮地の先輩が平田篤胤で、彼は『霊能真柱』で大国主尊が死後の世界を支配するというビジョンを語り、神道に幽冥観を持ちこんだといわれている。だけど篤胤が執着した、仙道寅吉の「あの世」は死後の世界ではなくて、天狗が棲息する異界。「あの世」問題は神道霊学的にも重要なテーマだったんです。

高橋 そこまでの背景は知らないで名前をつけたのですが……。

武田 何かが監督の脳を操作してそうなってしまうんです。音楽を担当された長嶌寛幸さんからちらっと聞いたんですが、監督は幼少期にかなり異様な体験をされたとか。すでにそのころにわけのわからない世界からコンタクトされてたんじゃないかという疑いがある(笑)。

 

高橋家の封印された隠し部屋

高橋 実際に起きたのはきわめて単純なことで、僕は昭和34年に千葉県の田舎で生まれました。両親が結婚して住んだのが、木造のすごく古い2階建ての一軒家。茅葺屋根で、2階は雨戸を締め切った状態で、両親と僕は一階で暮らしていました。

それで、庭に出て遊んでは2階を見上げて、自分は2階に一度もあがったことはないということに子ども心にも気づいたんですね。2階があんだから階段もあるよねと思って捜すんですが、ない。親に聞くと「ないのよ、もともと」とかいう。

子どもだから真剣に追求するわけでもなく、1階だけで暮らしていました。

武田 それ、単純なことじゃないと思うんだけど(笑)。

高橋 それでトイレに行く廊下がL字型に曲がっていて、夜中はとても怖い。何かいるっていう感覚があって、今夜こそ何かを見ちゃうかもって思ってたんだけど、何もいない。だから慣れていって、今夜も大丈夫だろうって油断してたら……出た。

武田 油断させておいて、出たんだ(笑)。

高橋 白いもやっとした、半なかば人の形のぼんやりしたものがいた。廊下を曲がったどん突きのところにふわっと。見た瞬間に身体中がぶるぶるぶるって震えて、気がついたときには父親が頬ほおを張りながら、いったい何があったんだって……。

それはそれで終わったのですが、その白いのが現れたのがどん突きの納なん戸ど の扉。そこが気になって仕方がない。昼間、まだ明るくて怖くないときに納戸の扉を開けて、なかにあったものをぜんぶ出して調べたら、そこに階段があった。

で、「階段あるじゃん」と思ったら、途中でベニヤ板で釘が打ちつけられて塞ふさがれていた。親に聞いても知らないというんですね。ところが妹が生まれると、手狭になったから子ども部屋を2階に作ることになった。

武田 なんだか、すごくプラグラマチックな成り行きとでもいうべきなのか……(笑)。

高橋 大工さんたちが納戸の隠し階段のベニヤを壊すのを待ちかまえて、その後について2階にぱあーっと入ったら、蒲団が敷きっぱなしで、小卓にお茶碗とかも置いたままで、ある時点で時間が止まったような部屋だった。「いったい何?」って親に聞いてもわからない。うちの親の性格として、隠してるんじゃないんですね。ほぼ興味がないんです。僕はすごく興味があるから、「どういうこと?」って聞くんだけど、「わかんないな」という反応なんですね。

武田 怖いとも思わない?

高橋 思わないんですね。ふたりとも徹底的にリアリストというか……。

それから、前にこの家に住んでいたお爺じいさんが、「ちょっとお庭を拝見させていただけますか」って尋ねてきてましたね。庭から家を見上げ、梅の木も見させて下さいって、庭にずっと立ってる。いくら母親がお茶でもと誘っても、絶対に家にはあがらない。しばらく庭にいて、帰って行くという……。

武田 それ、何歳のときの話?

高橋 廊下で変なものを見たのは7〜8歳のときで、そのお爺さんは僕が高校ぐらいまではたまに、忘れたころにふらっと来てました。

武田 その家はまだあります?

高橋 ありますよ。

2階は僕たちの子ども部屋に改築されて、だから中学、高校はそこで……。

武田 そんな怖い部屋に……。

高橋 夜中にいろんな目に遭いましたよ。悲鳴をあげて、ふと気がつくと親が部屋に来ていたりということがたびたび……。

武田 また白いものが出た?

高橋 あ、いや夢にうなされたり、金縛りにあったって程度で。

武田 今回の映画で、2階から由紀子のお母さんが手を振るというシーンがありますが……。

高橋 あそこは完全に、自分の生家をイメージして書きました。庭と2階の窓が見える位置関係とか……。

武田 いやだねえ。怖いねえ。でも、「高橋洋監督・恐怖の生家ツァー」というのをやってみたい(笑)。

 

政治とオカルト運動

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映画『霊的ボリシェヴィキ』より。

高橋 そんなこんなで、本題は映画タイトルの『霊的ボリシェヴィキ』ですが。

武田 そうだった(笑)。

高橋 いろんな解釈を呼びこむフレーズなんですが、武田さん的にはそもそもどういうところから出てきたのでしょうか。もっと早くに知りあっていたら、深く聞いて企画を立てられたと思うんですけど、勝手な解釈でやっちゃたんで……。

武田 いや、それでよかったんじゃないですか。こういう言葉って「誤配」があったり、わけがわかんないから面白いんであって、先に発話者の意図なんか聞いてしまうとイメージが束縛されてしまうでしょう。

高橋 まあ、そうかもしれませんね。

武田 「1968年革命」という政治的な熱量を帯びた時代を通過して、1970年代にオカルトに傾斜していったわけで、「霊的ボリシェヴィキ」というのはそのなかで降りてきた言葉なんですね。「霊的革命」という言葉とワンセットで。

だから『出口王仁三郎の霊界からの警告』(1983年)の付章は、「霊的革命者・出口王仁三郎」としたのです。

高橋 それ以前に武田さんが編集された本に、金井南龍の『神々の黙示録』(1980年)というのがありましたね。

白山に封じこめられた古代の神がいて、それに比べると皇室の天照大神は8合目ぐらいのランクの神様でしかない。だからそういう存在まで消された古い神々を呼び覚まして、政治状況や社会状況を刷新するというビジョンが語られてました。武田さんとしては、そうした神々を祀っていたひとつが、大本教(おおもときょう)だったわけですね。

武田 大本教の起源は非常に複合的で、歴史の表層から失われたありとあらゆる秘教的なものが流入し、王仁三郎によって再編されていきました。王仁三郎はその封印された神々を現実へと解き放ち、それが2度におよぶ大本事件として現象した。そういう失われた神々の復活というイメージが、霊的革命とか「霊的ボリシェヴィキ」といったた場合の基層にありました。

政治的領域と踵かかとを接するオカルト運動というのは、必ず神々の復権というテーゼを伴います。たとえば、ロシアのネオ・ユーラシア主義のアレクサンダー・ドゥーギンに影響を与えたイタリアのユリウス・エヴォラなんかもそうです。

 

エヴォラの思想とペーガン帝国主義

高橋 この映画はドゥーギンも参考にしたので、そのあたりはすごく興味ありますね。

武田 エヴォラはイタリアのファッショにコミットしたオカルティストで、戦後のイタリア極右のグルみたいな人なんですが、その背景にあるのはフランスのルネ・ゲノンの伝統主義なんですね。

ゲノンの伝統というのは、俗流保守的な価値観ではなくて、世界の伝統宗教の根底にあるものを指します。伝統宗教は表面的にはそれぞれ違うけれど、秘教的な核心は共通していて、その源泉は非人間的で超越的なものだというんですね。

しかし、西洋文明はもうダメだと。14世紀初頭のテンプル騎士団の壊滅以降、西洋は超越的なるものに対する意識を失ったからだというんですね。そしてゲノンはヒンドゥーに傾倒し、最後はスーフィーになる。

ユリウス・エヴォラは初期のダダのひとりで、1920年にトリスタン・ツァラによって2冊の詩集が刊行され、画家としてもけっこういい絵を残していたんだけど、ルネ・ゲノンの伝統主義に影響を受け、それをエキセントリックに変容させつつ、ファシズムに傾倒していくわけです。

で、1928年に『ペーガン帝国主義』という本を出します。

高橋 ペーガンというのは「異教」という意味ですね。キリスト教以前の異教を指しているんですよね。

武田 はい。それでエヴォラは古代ローマの神々を復興し、そこにこそファシズムの基盤を置くべきだと主張し、カトリックを攻撃します。ファッショにはラディカルな人もいたけれど、支持基盤の主流は普通の保守の人たちです。もちろんカトリックなので、大問題になる。だからエヴォラはファッショ体制下では主流ではなかったんだけど、思想的にもっとも深く突っこんでいるので、戦後ヨーロッパの極右の間では預言者、グルみたいな存在になる。

で、その『ペーガン帝国主義』が、なぜかモスクワのレーニン図書館のだれでも見ることができる開架式の棚にあって、それを1980年にドゥーギンが翻訳して地下出版します。なぜかレーニン図書館には伝統主義の本が、閉架式も含めるとけっこうあって、新右翼培養の養分になるわけです。

(後編に続く)

 

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映画『霊的ボリシェヴィキ』
Jホラーの巨匠、高橋洋監督の最新作。集音マイクが仕掛けられた奇妙な施設に集められた、かつて「あの世」に触れたことのある人々。強すぎる霊気によってデジタル機器は働かないこの部屋で、やがて静かにアナログのテープが回りはじめる。始まったのは、禁断の心霊実験だった‼
●2018年2月10日より、ユーロスペースほか全国順次公開。

文=川口友万
写真=福士順平

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