武蔵村山水道局の「ダウジング事件」/昭和こどもオカルト回顧録

文=初見健一

日本中に「ダウジング」を知らしめた珍事件

今回も引き続きしつこく「ダウジング」がらみの記憶を掘っていきたい。

そもそも「ダウジング」とは、L字やY字に加工した棒(ロッド)、もしくは振り子(ペンデュラム)を使って地中の水脈や金属などを探索する技術で、16世紀ドイツの坑夫の間で普及していたといわれている。

訓練を経た「ダウザー」(探索者)が探索の対象となるものに近づくと、手にした棒や振り子が一定の反応(動き)をするとされており、この反応の要因については生物電気がどうのとか、動物磁気がどうのとか、不覚筋肉がどうのとか、あるいはそのすべての作用がどうのとか……などの諸説がある。

17世紀にはサタニズム(悪魔崇拝)と結び付けられ、異端的魔術として迫害されたこともあったそうだ。

その効果については、20世紀に入ってから何度か行われた実証実験によって「とっくの昔に無効性が証明されている」とされる場合もあれば、「依然として高確率で探査に成功している」という報告もあって、まぁ、要するに「よくわかりません」ということらしい。

ちなみに、ガキ時代の僕らが公園の砂場でさんざん繰り返した「実証実験」の過程では、残念ながら成功例は一度も報告されなかった。

「わっ、できた!」と報告するヤツもたまにはいたが、そういうヤカラはたいがい自分で埋めたネジやジュースの王冠を自分で発見してみせるという茶番を演じていることが多く、「お前、ズルしただろ!」とみんなから弾劾されていたものだ。

日本で「ダウジング」が一般に(欧米の心霊科学に興味を持つ好事家は別にして)知られるようになったのは1960年代の後半、米軍がベトナムで不発弾の探索に応用しているらしい……というニュースが報じられたのがきっかけだったという。

しかし、この話題が子ども文化で取りあげられるようになったのは、70年代に入ってからだったと思う。東京武蔵村山市の水道局が地中の水道管を発見するために「ダウジング」を用いている、ということが新聞などで報道されたのがきっかけだろう。これについては前回で触れた『ドラえもん』の「地底の国探検」でも解説されていた。

武蔵村山市水道局が「ダウジング」を採用したのは1973年の暮れごろ。これを74年1月の読売新聞、2月の東京新聞、5月の科学朝日などのメディアが報じた。驚くべき成果をあげているとのことで、大分県別府市の水道局も「ダウジング」採用を決定したという(続報がなく、その後本当に実施したかは不明)。

話題が拡散される過程で複数の週刊誌も武蔵村山の「ダウジング」を取り上げるようになり、当初は単に「地方の珍ニュース」みたいな感じの報道だったが、徐々に「オカルトに税金を使ってるのか?」みたいな批判的論調になってきて、ちょっとした社会問題に発展。一部で論争を巻き起こしてしまった。

結果、武蔵村山水道局は「局員個人が勝手に趣味でやったこと。局としてはいっさい関知しておりません」といった、いかにもお役所らしいコメントを出し、ひとまず事態を収束させた。

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『月刊ムー』1982年7月号より。「ダウジング」の訓練法。僕ら世代はこの種の記事を熟読し、「潜在能力開発」に励んだのである。

 

中岡俊哉先生がさっそく突撃取材!

僕自身は、この騒動のときに大人たちがどんなテンションで騒いでいたのかということはほとんど記憶していないのだが、少なくともこれだけの話題が当時の子ども文化に影響を与えないはずはない。『ドラえもん』同様、同時期の児童雑誌などに「ダウジングとはなにか?」みたいな記事が多数掲載されたはずで、おそらく僕ら世代はそれらによって「ダウジング」を知ったのだと思う。

僕の知る限り、この武蔵村山の「ダウジング」をもっとも早く、もっとも詳細に論じた書籍が、中岡俊哉(またか!)の『狐狗狸さんの秘密』(1974年・二見書房)だ。

本書は初の本格的な「コックリさん入門」として話題を集めた一冊だが、この武蔵村山の件にわざわざ一章が割さかれており(章題は「針金を使う武蔵村山方式」)、先生自ら武蔵村山水道局に突撃取材(?)を試み、「ダウジング」を担当する技師を実名・写真入りで登場させる形でインタビューを行っている。まだこの問題が騒動に発展する前の段階の取材だったようだ。

おもしろいのは、この『狐狗狸さんの秘密』には「ダウジング」という単語は一度も登場していない。中岡氏は「ダウジング」をあくまで「コックリさん」と記述しており、水道局の技師も同様に自分がやっていることを「コックリさん」と称している。針金を加工した「ダウジングロッド」も、本書の記述では「コックリさん棒」(笑)。ヨーロッパでは古くから「水杖占い」と呼ばれていたという記述はあるが、中岡氏にとって「ダウジング」はあくまで「コックリさん」の亜種だったわけだ。

「ダウジング」=「コックリさん」という感覚は、よぉーく思い出してみると我々の幼少期の記憶のなかにもあって、「ダウジングごっこ」に興じていた当時、確かに僕らは「ダウジング」を「超能力」と捉えつつも、同時にちょっとオドロオドロしい「心霊現象」的なものとしても捉えていた覚えがある。こういう未分化でカオスな幼少期の感覚は、オカルトブームの盛りあがりに伴い、各種のネタがキッチリと分類・整理されていくに従って消えてしまったように思う。

それはともかくとして、本書を再読してちょっと驚いてしまうのは、この武蔵村山水道局員のインタビューが微笑ましいほどにユルイことだ。

「ダウザー」の技師によれば、「ダウジング」採用の経緯は「町の水道業者に試してみたら?と言われて、なんとなくやってみたらなぜか成功しちゃって、そのまま取り入れたんですよ」みたいな極めてアバウトなノリだったという。

「特に反対はなかった。今では市長も知ってますし、誰からも文句は来てない」とのことで、まだ社会問題化する前のこの時点では、この「なんとなく」のノリでOKだったらしい。

当日は朝日新聞の記者が高校生たちを引き連れて取材に来ていたとも書かれており、この段階では、まだメディアも世間も武蔵村山の「ダウジング」を単に「おもしろいね」といった感じで、あたたかく(?)受け入れていたらしいことがうかがえる。

また、それなりの効果を実際にあげていたらしく(ほぼ百発百中だったと技師は語っている)、取材の時点で局にはすでに訓練を受けた「ダウザー」が8人もいたという。

後に局が行った「トカゲの尻尾切り」的な弁明とはだいぶ実情が違うじゃねーか!と、今も昔も変わらないお役所体質に今更ながらちょっとカチンときてしまう。顔も名前も明らかにして朴訥な感じで取材に答えていた「ダウザー」の技師は、本書の刊行直後、一人で責任を背負わされ、「けしからんオカルトかぶれの水道局員」として糾弾されることになってしまったわけだ。

さらに気の毒なのは中岡先生である。この水道局の「オカルト採用」という英断(?)について、「ようやく日本も心霊科学に目を向けてくれるようになったか!」と手放しで喜びつつ、ちょっと興奮気味の原稿を書いている中岡先生のことを思えば、本書刊行直後に巻き起こったネガティブキャンペーンを眺めながら、その心中いかばかりだったか……。

中岡氏は「地方自治体にしろ、公の機関がコックリさんを仕事に使うということはたいへんなこと」と、これを日本のオカルト史における重大な転換点として位置づけていたようだ。常に冷笑の対象になっていた心霊科学が公的に活用されたこの案件は、氏にとっては「日本人の“霊的覚醒”のはじまり」といった期待を抱かせるほどのできごとだったのだろう。

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『狐狗狸さんの秘密』(中岡俊哉・著 1974年 二見書房サラブックス)。日本中に「コックリさん」ブームを巻き起こしたエポックメイキングな一冊。本書の影響とマンガ『うしろの百太郎』(つのだじろう)の「コックリ殺人編」によって、子ども文化にも「コックリさん」が一気に普及した。

 

 

文=初見健一

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