奇妙な生き物ナメクジの起こす怪異/黒史郎の妖怪補遺々々

文・絵=黒史郎

妖怪補遺々々(ようかいほいほい)

ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」(隔週水曜日更新)! 連載第27回は、身近な生き物であり、陰湿で不快なイメージから呪術的な方面と俗信方面で不思議な話の伝わるナメクジを補遺々々しました。

 

ぬめぬめの不快な生き物

ナメクジは、あまり人から愛されない生き物です。あのヌメッとした見た目、通った後に残るヌラヌラとした粘液の跡、確かにかわいいものではありません。見かける場所も暗くてジメついた場所が多く、どうしても陰湿で不快なイメージがつきまといます。

ですが、民俗資料を見ますと、ナメクジは「薬」の一面を持っていたことがわかります。

ナメクジをすりつぶして飲むと熱さましになる、生きたまま飲みこむと心臓の病に効く、塩をかけて小さくなったものをオブラートに包んで飲むと喘息に効果がある、といった、聞くだけでゾッとするような療法が各地に伝わっているのです。

どこの家の庭先にもいて、だれにでもすぐに捕まえることができたからでしょう。ナメクジを薬代わりに服することは、わりとポピュラーな療法でした。ですが、ナメクジは体内に寄生虫がいる可能性が高く、これらの療法は極めて危険な行為です。

ナメクジの意外な使い方として、刀の目釘(刀から刃が抜けないように留める釘)の代わりにするという俗説があります。干したナメクジを竹の目釘に鞘のように被せて使うそうです。また、宮崎県では「山女」という妖怪がこの生き物を嫌うといい、手に握っていたために襲われずに済んだという伝説があります。

『和漢三才図会』ではナメクジについて、「夏月に屋上にはいのぼり螻蛄(けら)に変じるものがある」と書いています。貝の一種とされるナメクジが、土中に住む昆虫になるという考えは面白いです。

こうして見ると昔の人々は、あの不快な見た目の生き物に、なんらかの神秘性を感じ取っていたのかもしれません。

 

なめくじの起こす怪異

  • 猫の集会

寛政10年。小普請奉行(江戸幕府においての職名)の家で奇妙なことが起きました。

庭の植え込みにニワトコ(接骨木)が生えていたのですが、いつからかこの木に猫が集まるようになり、その数は日を重ねるごとに増えていきました。気がつけば猫は数万匹にも及び、集まってなにをするものかと見ていると、木に登ってみたり、木の下に伏してみたり、各々が自由に遊んでいます。どんなに追いかけてまわしても、打ちつけても、その場から退く様子がありません。家の主人はどうしようもなくなって、とうとうニワトコを伐ってしまうことにしました。

すると驚いたことに、ニワトコの中は空洞になっていて、そこから5、6寸(15、16センチ)の大きさのナメクジが大量に溢れでてきました。その光景を見るや否や、猫たちは散り散りになって逃げだしたといいます。『寛政紀文』に見られる怪異です。

 

  • 餓鬼

香川県綾歌郡長炭村の某家の屋敷で、無気味なことが起こりました。

毎晩、家の柱や天井に無数のナメクジが這いまわり、それから間もなく主人が病みついてしまったのです。熱が次第に高くなっていき、苦しそうにうわごとをこぼすのですが、それはすべて、ナメクジに関することばかりでした。

これはただ事ではない、そう考えた家族は祈祷師に頼んで主人を見てもらうと、主人の病気の原因は「餓鬼の祟り」だといいます。

屋敷の建つ場所は、元は墓地があったところで、そのため、主人には有縁無縁の餓鬼が災いしているというのです。助かるには、108の燈明(神仏に供える火)をつけて、厚く供養することだといわれました。

盂蘭盆(うらぼん)の前夜。108の灯籠に無気味な青い灯がともされました。

夜が更けて空が白みはじめますと、火は西からだんだんと消えていきます。

そうして一夜明けると主人はケロリと病気が治り、ナメクジも出なくなったといいます。

 

  • ナメクジの捕食

能州(能登)に伝わる不思議な話です。ある寺の住職が秋の日の夕暮れ時、垣根の際に蛇がとぐろを巻いているのを見ました。よく見ると蛇の近くで1匹のナメクジが這っており、ぬらぬらとした粘液で地面に輪を描いています。その輪に囲われた蛇は、なぜかピクリとも動きません。

輪を描き終えたナメクジは、今度はまっすぐ蛇に向かっていきます。なにをするのかと見守っていますと、ナメクジは蛇の体に這いのぼり、その上を縦に横にと移動した後、どこかへ行ってしまいました。

住職が目を戻しますと、そこにはもう蛇の姿はなく、不思議な泡だけが残されています。この泡も翌朝には消えており、その場所には数百の黄色いキノコが生えていました。おびただしい数のナメクジが群がって、そのキノコを食べていたといいます。

 

ナメクジの奇妙な行動は、蛇を食べるためにやっていたことなのです。

鱗に包まれた硬い蛇をナメクジが食べるには無理があります。ですから、自身から滲みでる粘液で蛇の体を溶かし、食べやすい茸へと変えてしまったのです。イクチ(アミタケ)という黄褐色のキノコにナメクジがいっぱいつくのは、このキノコが元は蛇であったからだといわれていたそうです。

ナメクジが蛇を食べる――そんなことが実際に起こったとは考えられません。どうして、このような俗説が生まれたのでしょうか。

 

「三すくみ」という言葉があります。『広辞苑』によると、これは中国の「関尹子(かんいんし)」という思想書に見られるもので、ナメクジは蛇を、蛇はカエルを、カエルはナメクジを食べることから、三者が牽制しあって身動きが取れなくなるという状況を指した言葉ですが、ここでも「ナメクジは蛇を食べる」ということをいっています。一説では、中国から日本へ伝承される際、ムカデとナメクジが誤って書かれたのではないかといわれています。私も執筆中、蚰蜒(ゲジ)と蜒蚰(なめくじ)で混乱しました。

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文・絵=黒史郎

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