姿無き音声の怪異/黒史郎の妖怪補遺々々

文・絵=黒史郎

妖怪補遺々々(ようかいほいほい)

ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」(隔週水曜日更新)! 連載第28回は、妖怪の〝基本〟ともいえる「音」、なかでも妖怪にカテゴライズされるものではなく、拾われにくそうな「怪異」から補遺々々しました。

 

不安を呼ぶ音

暗い場所や静かなところにいると、音に敏感になることがあります。余計な情報が入らないからでしょう、その音だけが妙に自己主張しているように感じます。

緊張時に聞こえてくる「ぽちゃん、ぽちゃん」という滴下音は、昔からよく映像作品などで恐怖・不安を呼ぶ演出として使われてきましたが、確かに夜中に滴る音が聞こえてくれば、そこから様々な想像を膨らませてしまいます。

怖いものを見聞きした後などは、普段なら気にもとめないような音が意味のある音・声に聞こえてしまいます。風が窓を震わせる音、古い家屋の軋み、衣擦れのように草木が葉をこすり合わせる音。一度、その音が気になってしまうと、もう無視はできません。

 

無視しようとしてもできない音もあります。

突然、どこからともなく金属めいた無気味な音が響きわたる現象を、現代では「アポカリプティック・サウンド」と呼んでいます。こちらはスケールが違います。音は町中に響き渡るほどに大きなもので、多くの人々がそれを耳にします。音の聞こえる原因には様々な説が唱えられていますが、明確な答えは出ていません。その名が示すように、これを世界の終末の音と考えている人もいるようです。

 

正体不明の音

人々は正体不明の音から様々な想像を膨らませてきました。私たちの国にも、そうして生みだされたものが数多くあります。妖怪です。

各地に伝わる「小豆洗い」などの「洗う系」の妖怪、奈良県宇陀郡の「べとべとさん」、栃木県芳賀郡の「静か餅」、岡山県和気郡の「貝吹き坊」、いずれも姿のない(見えない)音だけの妖怪たちです(「小豆洗い」は姿が記録されている資料もあります)。

とくに洗う(ような)音をさせる妖怪のいい伝えは多く、小豆の他には米を洗う音、洗濯をする音の怪などもあります。徳島県の西祖谷後山のタニヤには「箸洗い渕(ハシアライブチ)」という場所があり、ここでは夜半になると箸を洗うような音がしたといいます。

 

山での異音も数々の妖怪伝承を残しています。山中で地鳴りのように大きな笑い声がし、木が倒れるようなバキバキ、ドスーンという音が聞こえるのは、多くは「天狗」の仕業とされ、それらの怪異は「天狗笑い」「天狗倒し」などと呼ばれました。

高知県長岡郡吉野村や土佐郡土佐山村では「山鳴り」という怪異が伝わっています。これは読んでそのままの意味で、深山で突然、「ドーン」という恐ろしい響きの音が鳴るというものです。またこの地域にも木を伐る音や木の倒れる音をさせる怪異がありますが、天狗の仕業だけではなく、「古杣(ふるそま)」という妖怪の名が語られています。音を起こす妖怪の名は違っていても、起きている現象は同じものなのかもしれません。

 

死の報せの音

各市町村の民俗資料の「迷信・俗信・世間話」の章に記録されている「音の怪異」には、死と関連づけられたものが多数見られます。

 

  • ドシーン

神奈川県座間市入谷に伝わるお話です。

海静という上人が寺で眠っていると、真夜中に「ドシーン」と大きな音がしました。音は本堂のほうからで、何事だろうと様子を見に行きましたが、とくに変わった様子もありません。気のせいだろうかと寝床に戻ると、再び、「ドシーン」と聞こえてきます。

もしかしたら、檀家に不幸でもあったのではないか。気になりながら眠りにつきますと、朝早く、寺に使いの者がやってきて、檀家の方が亡くなったことを伝えました。

海静は「亡くなった方の魂が本堂に来たのだろう」と考えたといいます。

静かに枕元に現れるのではなく、寺を震わせるほどの大きな音をたてての来訪。よほど、伝えたいことがあったのでしょうか。

 

  • 男か女か

青森県下北郡脇野沢村では、家の中で聞こえる謎めいた音は、人の死期を伝えるものだと考えられていました。また、その音から亡くなる方の性別もわかったといいます。

だれもいないはずの台所や裏玄関で物音がすれば女性が亡くなる兆しであり、表玄関ですれば男性が死ぬ兆しであったといいます。

 

  • 棺桶とアジム

真夜中に棺箱を作るときのようなノコギリの音が聞こえることがあれば、それはだれかが死んだ報せなのだといいます。

また、夜中に棺桶を投げるような音が聞こえると、その音のした方向で死人が出るといわれていました。

同地域では、棺桶を作る音にかぎらず、大工仕事のような音が聞こえても不吉だといわれています。ギコギコ、トンカン。恐らくどちらも同じ音を指しているのでしょう。

この他、「アジムチケーの音」「アジムの音」が聞こえれば、死人の出る兆しであると考える地域もあります。これは杵と臼で米を搗くときの音です。

いずれも沖縄県島尻郡伊是名村をはじめ、同県内のいくつかの地域に伝わる俗信です。

 

不穏な声

 

以前に『犬が気味の悪い鳴き方をすると悪いことが起きる』という迷信について触れたことがあります。犬やカラスなど日常的に耳にしている動物の声がいつもと違って聞こえると、昔の人々はよくないことが起こる前触れだと考え、忌み嫌ったのです。

 

  • 赤子

『八塔寺周辺の民俗』には、「コナキジジイ」のような怪異の記録があります。

昭和7年の12月。杉ヶ頭の谷という場所を午前1時ごろにふたりで歩いていますと、谷にさしかかったところで谷間から「オギャー、オギャー」と赤子の泣くような声が聞こえてきました。谷の間の距離は約600メートル。そのような声が聞こえるには不自然すぎる場所です。この声は数回、3か所で聞こえました。それは鳥や猿などとはまったく異なった声で、赤子の泣き声であることは間違いなく、毛が逆立つほど恐ろしかったそうです。

 

  • やってい様

岡山県上房郡有漢町で、明治末ごろまで神の使いのキツネといわれて信じられていた存在です。集落や集落に住む人々に異変があるとき、変わった鳴き声を聞かせたといいます。

神様の思し召しによって異変を告げているのだと人々は信じ、地域によってはこれが鳴くと夜籠り堂に参って異変のないように祈ったといいます。

 

  • ヤワンカミ

奄美群島のひとつ、与路島に伝わる怪異です。

この島では日中、山の中で人の声を聞くことがありました。その声は次第に、大勢の人たちが集まっているような声へとなっていきますが、声のする場所へいってもそこには人っ子ひとりいません。

もし、このような人の騒ぐ声が夜中に聞こえてしまうと、その人には悪いことが起こるといわれています。

こうした人の声は、本当に〝人の声〟だったのでしょうか。

 

与路島では、このようないい伝えもあります。

山の中を歩いていると、遠くから4、5人の人の声がすることがあります。声は近づくにつれて、網石(魚網の重しにする石)がこすれ合うような音が混じりだして騒がしくなります。姿はなく、声や音だけが近づいてくるのです。これはヤワンカミ(山の神)が海に行く途中の音であり、もし行きあってしまったら、すぐに祓わねば命に危険が及ぶといわれています。

この「声と音」に行きあってしまった者が、無意識に藪の中に逃げ込んで助かったという話も残されています。

また、この地域では山の中で大木を伐り倒してから帰宅すると、その晩、人や牛馬の足音がして眠れないことがあったそうです。ヤワンカミが怒ったのでしょうか。

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文・絵=黒史郎

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