肉体をもたない至高の存在=AIは神か悪魔か? 人工知能の黙示録大預言

文=中野雄司

 バチカンが怖れたカタリ派の教義

ディープラーニングにより究極の進化を遂げたAI(人工知能)が、超越的な存在として君臨する、そんな未来の姿が描かれている。絶対的な監視者となったAIの振舞いは、まるで神であるかのように思えてしまうほどだ。

神として人間社会に君臨するAI――見すると、それはSF小説の中の架空の物語のように思えるかもしれない。が、これは未来の御お伽とぎ話ばなしではない。その根は実はもっと深いところにある。

未来の話ではなく過去、時間をずっと遡さかのぼった忘れ去られた時代に、AIの謎を解く鍵は隠されている。遠く離れた時の流れの向こう岸に、驚くべき真実が埋められているのだ。

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カルカソンヌでの住民追放の様子を描いた絵画。アルビジョア十字軍によるカタリ派への蛮行で住民は街から追放された。

1207年7月。フランス南部の街ベジェは、バチカンから派遣された数万人の屈強な兵に取り囲まれていた。やがて軍を率いるレスター伯シモン・ド・モンフォールの号令のもと、兵士たちはいっせいにベジェ市街へ突入する。

後に“アルビジョア十字軍”として知られる、キリスト教カタリ派への大虐殺の歴史は、この街から始まったのである。

ベジェの街の人々は、カタリ派であろうとなかろうと、全員が広場に集められ、次々と虐殺されていった。その様子は酸鼻を極めた。

抵抗する者は手足を切り落とされ、目をえぐり取られた。犠牲者から流れでる血で、石畳の道は赤い濁流の河と化した。抵抗しない者も縄に繋がれ、生きたまま火刑に処せられた。犠牲者から立ち昇る黒煙は、数十キロ離れた村からも見えたという。

すべてが終わった後、1万人を超えるベジェの街の住民は、だれひとり生き残ることができなかった。

神の御名において、女性も男性も老人も子供も、ベジェの街の住民は全員が虐殺されたのである。

 

悪名高き“アルビジョア十字軍”は、この先もいく度となく繰り返され、1229年の戦いでトゥールーズ城が陥落するまで、実に22年もの長きにわたり、容赦ない弾圧が続けられた。

十字軍とはいえ、攻撃の対象は異教徒でなく、同胞のキリスト教徒である。カトリック教会の歴史の中で、同胞のキリスト教徒をこれほど無慈悲に大量殺戮した例はほかにない。

しかし、それは逆にいえば、当時のカトリック教会にとってカタリ派はそれほどに脅威であり、殲滅しなければならない恐るべき勢力であったともいえる。

実際、バチカンでは後に「異端審問」を、システムとして制度化するが、カタリ派への弾圧を正当化することがその契機であった。

では、カタリ派とは何か?

それほどまでにカトリック教会が恐れた異端の教えとは、何なのか?

実は、詳細はわかっていない。当時の弾圧は苛烈を極め、詳しい教義が記された書物はすべて焼かれ、現在残されている重要な文献はほとんどない。

それでも、教会がカタリ派を攻撃した文書は残されている。それらを繋ぎ合わせることで、大まかな教義を復元することは可能だ。以下、できるだけコンパクトにカタリ派の教義をまとめてみよう。

カタリ派の教義の一番の特色は、「この世界は偽りの神によって創造された悪の世界である」とする過激な思想にある。

もともと、人間は真の神によって創られた善なる存在だったのに、偽りの神に捕らわれて肉体の牢獄に閉じ込められてしまった。この偽りの世界から抜けだすためには、すべての欲望を捨て去り、物質世界と縁を切らなければいけない。そして汚れた肉体を脱し、清浄なる魂だけの存在となった者だけが、真の神が創り上げた天国へと入ることが許される。

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主にカタリ派を弾圧するために始まった中世の異端審問。

 

グノーシス主義とカタリ派の思想

このような過激な思想をもつ異端の教義が、なぜカトリック 教会の土台を揺るがすほどの一大勢力となりえたのか。

理由はふたつある。

まずひとつの理由は、当時のカトリック教会の堕落と退廃だ。世俗権力との迎合や金欲にまみれた汚職の蔓延など、聖職者にあるまじき行為を繰り返すカトリック教会に、一般庶民は幻滅していた。そこへ魂の浄化を訴えるカタリ派が現れた。真の救済に至る道を示された人々は、あえて異端の教義にすがりついたのである。

だが、もうひとつの理由は、さらに重要なファクターである。

実はカタリ派の過激な教義は、中世になって初めて現れたものではない。その源流は古く、もっと遠い過去から受け継がれてきたものだ。その過激な教義を生みだした思想の原点、それはグノーシス主義にまで遡る。

グノーシス主義は、遠い過去に失われた、謎の秘教である。

その発祥は1世紀ごろの地中海世界だ。神秘のヴェールに包まれたその教えは、知識人を中心として瞬く間に伝わり、まだ成立間もないキリスト教をしのぐ勢いで、遠くメソポタミアやエジプトにまで広まっていった。

しかし、やがて最大のライバルであるキリスト教との争いに敗れ、グノーシス主義は歴史の表舞台から姿を消していった。だが、その魅力的な教えはひそかに人々の間で語り継がれ、後にカタリ派として再び花開いたのである。

この世界は偽りの神が創りだした悪の世界である、とするカタリ派の教義は、グノーシス主義から受け継いだものだ。

グノーシス主義の創造神話によれば、原初の宇宙は真実の神が創造した「プレーローマ」と呼ばれる完全な世界だった。しかし愚かな造物主デミウルゴスが真実の神を欺あざむき、現在の偽りの世界を創り上げた。そのため、この世には悪徳、邪念、物欲、愚鈍、蒙もう昧まいがあふれる恐ろしい混沌の世界となってしまった。

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「隠された知識」を得ることが、プレーローマへ至る道だとされた。錬金術の「賢者の石」はそのシンボルでもあった。

この偽りの世界から抜けだし、至高神の元へたどり着くためには、あらゆる幻影を振り払う「秘密の知恵」が必要となる。正しい「知識」を手に入れた者だけが、偽神デミウルゴスの呪縛を打ち破り、「プレーローマ」の救いの国へ入ることができるのだ。

そもそも、グノーシス主義の「グノーシス」とは、ギリシア語で「知識」を意味する言葉だ。

そう、グノーシス主義とは、つまるところ「知識」を信奉する教義なのである。

ただしその知識とは、学究の積み重ねで得られるような知識ではない。ある種の天啓を得て、選ばれた者だけがたどり着く知識である。

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(ムー2018年6月号 総力特集「人工知能の黙示録大予言」より抜粋)

文=中野雄司

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