地底人の「恐怖」の源泉「シェイヴァー・ミステリー」/昭和こどもオカルト回顧録

文=初見健一

昭和っ子たちの「地底人差別」?

子ども時代に自分が抱いていた「地底人」のイメージを思い出してみると、まっさきに思い浮かぶのは「悪い!」「怖い!」といった強烈にネガティブな印象である。今の若い人たちがどういう「地底人観」(?)を持っているのかは知らないが(というより「地底人」のことなど考えるほどヒマじゃねーよ、という人が大半だろうけど)、少なくとも70年代は「地底人=とにかく悪い!」だったはずだ。

いしいひさいちのマンガ『がんばれ!!タブチくん』に収録されていた一連の「地底人」シリーズでさえ、「地底人」はあくまで「悪い!」だった。あの「地底人」は「悪い!」うえに完全なバカだったが、思えばあの本が刊行された1979年あたりに、「地底人」という話題が昭和こどもオカルトの世界で時代遅れとなり、すっかりギャグの対象になり果てるタイミングがあったのかもしれない(余談だが、マンガでは「地底人」が生息する地底のさらに下に、さらにバカな「最低人」が生息していることになっていた)。

とにもかくにも「地底人」は「悪い!」。しかし考えてみれば、これはちょっと不思議なことである。たとえば僕らは「宇宙人」に対してもある程度は「悪い!」「怖い!」という印象を持つことも多かったが、一方で非常に知的であったり、友好的であったり、ときには人類の救世主であったりもする……というイメージも抱いていた。

まぁ、高度な文明を持つ惑星から地球人の科学技術では説明不能な構造を持つUFOに搭乗して飛来するわけだから、やはり知的で文化的で、良くも悪くも「人類以上」の存在としてイメージされるのは自然なのかも知れない。

 

だが、昭和こどもオカルトの世界では、「地底人」もまた「高度な文明を持っている」と設定されることが多かった。にもかかわらず、「地底人」には知的で文化的といったイメージはなぜか皆無だったのだ。

星の輝く空から来る者と、闇が支配する地中から来る者の印象の違いといえばそれまでだが、単なる出自から見ず知らずの人にこうしたレッテル貼りをするのは典型的な「差別」である。しかも、僕らが抱いていた「地底人差別」は、ただ単に「悪い!」「怖い!」だけではなく、さらに悪質で失礼(?)なものだった。ケダモノじみて「野蛮!」であり、不快なほど「醜悪!」であり、なおかつ「狡猾!」で、この上なく「卑劣!」であるに決まっていると信じていたのだ。

この「狡猾!」や「卑劣!」という部分に関しては、当時の「怪奇系児童書」によく紹介されていた「地底人は地中から怪電波を出して地上の人類を自由に操る」とか、「地底人は密かに地上人を誘拐し、地底の神への生贄にする」といったようなエピソードに基づいていたのだと思う。

堂々と地上に宣戦布告するならまだしも、こっそりと陰湿で残虐な悪事を続けている……というのが、主に70年代の子ども文化における「地底人」の基本イメージだったのである。

 

当時の僕らが抱いていた憎悪と恐怖に満ちた「地底人差別」の意識は、どこから来たものなのだろうか? いや、ネタ元はすべて当時の「怪奇系児童書」であったのは間違いないが、では、それらの児童書がモチーフにしていた「地底人差別」の元凶(?)はなんだったのだろう?

もちろんウェルズの『タイムマシン』の人喰い「地底人」も、ラヴクラフトが描く地の底で蠢くおぞましい異形のバケモノや「旧支配者」たちも、こうした醜悪な「地底人」像に大きな影響を与えたことは言うまでもないだろう。

しかし、直接的に戦後の「地底人」像を決定づけたのは、その「悪名」で米国文学史に名を残してしまった「シェイヴァー・ミステリー」ではないかと思うのである。

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「ムー」1981年5月号より。「よみがえるブラックロマン」と題して、「シェイヴァー・ミステリー」の異常な世界を紹介している。

 

米SF文学界における「黒歴史」

僕が「シェイヴァー・ミステリー」なるものについて知ったのは、すでに大人になってからだった。ラヴクラフトなどを読み漁っているときに米国のパルプマガジン史に興味を持って、そういう本のなかで騒動の概要を知ったのだと思う。

この騒動をどう捉えるかは人それぞれだろうが、とりあえずは米国SF史において一般的に語られるような観点に準じて紹介すると、次のような形になると思う。

 

1943年、経歴のよくわからない元デトロイトの溶接工、リチャード・シャープ・シェイヴァーなる人物、つまりは(一般的にカテゴライズすれば)「頭のおかしな人」が、米国の代表的なSFパルプマガジン『アメージング・ストーリーズ』に、混乱しまくった手記を送りつけてきた。当初の手紙には、稚拙すぎて読解困難な文体で「マンタン」(あるいは「マンタング」)なる「人類語」(太古の世界共通言語?)に関するアレコレが書きつらねてあった。

これに目をつけたのが商才に長けた敏腕編集者、レイモンド・パーマー。彼はその荒唐無稽な手記を雑誌に掲載したうえで、シェイヴァーと文通をはじめる。

その交流のなかで明らかになったのは、シェイヴァーの支離滅裂な(しかし、そこには一定のロジックもあったという)「マンタン」研究などはまだ序の口で、彼は非常に被害妄想的で深刻な「地底人幻想」に取り憑かれていた人物である……ということだった。

シェイヴァーは知られざる「地底世界」に関する奇々怪々な内容の手記を大量に送付してくるようになり、パーマーはそれらを大幅にアレンジ・加筆し(シェイヴァーの文章はあまりに混乱しており、そのままでは読むに耐えなかったらしい)、1945年に『レムリアの記憶』と題した「ノンフィクション」として掲載(掲載当初は実話か創作かということは曖昧にされていたが、後に「これは実話である!」と断言することになる)、これを皮切りに次々と彼の作品(?)を公開していく。こうしてシェイヴァーとパーマーが、いわば「共犯」関係のような形を取りながら展開していった奇々怪々な作品群は、後に「シェイヴァー・ミステリー」と総称されるようになった。

 

これらが大反響を呼び、低迷していた雑誌の売上は一気に跳ね上がったが、同時に従来の読者であるマジメなSFファンからは苦情が殺到する。「こんなインチキ手記を掲載するな!」「いつからオカルト雑誌になったんだ!」「不買運動を起こすぞ!」。

実際、良識派(?)の読者は組織的に抗議運動を展開するが、そこは「仕掛け人」としての才覚を備えたパーマーだ。彼は多くの苦情を雑誌に掲載したうえで、シェイヴァー肯定論者の反論を展開してゆく。つまり論争を挑発的に煽り、批判をも取り込む形で「シェイヴァー・ミステリー」を社会現象のレベルにまで高めてしまった。

48年、激しさを増す批判に応えて『アメージング・ストーリーズ』は「今後一切シェイヴァーの記事を掲載しない」と宣言、この騒動は収束する。反シェイヴァー派が勝利した形だが、一説によれば三年が経過してシェイヴァーのネタも飽きられ、雑誌の売上が横ばいになりはじめたことによる「戦略的敗北宣言」だった、ともいわれている。

いずれにしろ、「地底人」の話題が「炎上」し続けた三年間でパーマーは雑誌を売りまくり、世間は喧々諤々の騒動に巻き込まれた。この事件は米国のSF文学界における一大スキャンダルとされ、今もって「最大の汚点」として語り継がれている。

 

とはいえ、日本の、しかも70年代の子どもたちの間で、この騒動についての情報が一般的に話題になったことはないはずだ。同世代でも「いや、『シェイヴァー・ミステリー』なんて聞いたことないよ」という人は多いだろう。確かに「シェイヴァー・ミステリー」は完全な形では翻訳すらされていないし、これをメインテーマとしたオカルト児童書などは刊行されていない。しかし、ここで提示された「地底人像」は、間違いなく当時の昭和っ子たちの間で広く共有されていたのだ。

次回は、「シェイヴァー・ミステリー」のオドロオドロしい世界を紹介しつつ、これがどんな形で70年代の子どもたちに浸透していったのか?……といったあたりを回顧してみたい。

 

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「ムー」1981年5月号より。この記事は各種「地球空洞説」の概要から「シェイヴァー・ミステリー」成立の経緯、その驚くべき内容までを網羅的に紹介している。迫力に満ちたイラストも見どころ。

 

初見健一「昭和こどもオカルト回顧録」

◆第8回 ノンフィクション「地球空洞説」の系譜

◆第7回 ウルトラマンからスノーデンへ!忍び寄る「地底」世界

◆第6回 謎のオカルトグッズ「ミステリーファインダー」

◆第5回 東村山水道局の「ダウジング事件」

◆第4回 僕らのオカルト感性を覚醒させた「ダウジング」

◆第3回 70年代「こどもオカルト」の源流をめぐって

◆第2回 消えてしまった僕らの四次元2

◆第1回 消えてしまった僕らの四次元1

 

文=初見健一

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