やっぱり怖い生首/黒史郎の妖怪補遺々々

文・絵=黒史郎

妖怪補遺々々(ようかいほいほい)

ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」(隔週水曜日更新)! 連載第29回で補遺々々するのは、昔の怪談・奇談ではおなじみながらも、最近ではあまり聞くことが少なくなった「生首」です。

 

首のお化けはなぜ怖い

水底のような冷たい夜に沈む、静かな住宅街。息苦しいほどに暗い路地を、不安と影をひきずって家路についている。数メートル先の街灯の下に、女の影がある。

「ああ、よかった。人がいて」

安堵したのも束の間、その影の異常に気づいてしまう。錯覚だろうかと何度も目をこすり、確かめる。

ああ、やっぱり。

――首から上がない。

あの女には、頭がないのだ。

凍りついたように立ち竦んでいると、「どうしました?」と声をかけられる。

声のした方に視線を下ろすと。満面の笑みを浮かべた女の生首が、足もとからあなたを見上げていた。

 

最近ではあまり聞きませんが、昭和のころはよく「生首(なまくび)」という言葉を耳にしました。これは切り落とされたばかりの生々しい首のことで、「生」と「首」の組み合わせは、その意味もさることながら、字面といい響きといい、なんとも気味の悪いイヤな言葉です。

意味が意味だけに普段使いの言葉ではありませんが、怪奇系ジャンルには有用です。特に昭和期はホラーコミックのタイトルや児童向けの怪奇系書籍に多用されていましたし、商品名に堂々と「生首」の二文字を掲げる玩具も売られていました。生首のイラストもたくさん使われていました。この手のジャンルとは相性がよかったようです。

「生首」のよいところは、その「使いやすさ」でしょう。

大きすぎず、形状も球なので、どこにでも仕込めます。目の前にぶら下げるもよし。転がしてもよし。カバンの中に仕込んでもよし。見た目も相当ショッキングなので、一瞬でトラウマを与えることも可能でしょう。

その有用性は昔の人もよくわかっていたようです。怪談・奇談には生首の登場するものが多数あります。

今回から3回にわたって「首にまつわる怪異」をご紹介いたします。

 

百物語をした結果……

武蔵の国の某所で起きた出来事です。秋雨の降る夕方、ある者の家に5人の男が集まり、百物語をすることになりました。百物語といえば、百の怪を語ったその後、実際に怪異が起こるといわれています。そんなことが本当に起こるものなのか、ちょっと試してみようということになったのです。

百物語の作法にのっとって、行灯に青い紙を張り、灯心(灯油に浸して火を点けた紐)を百本立てます。1話を語るごとに1本ずつ火を消していくのです。

こうして始まった百物語。ウソかマコトか、身の毛もよだつ怖い話が各々の口から語られ、火はひとつひとつ消されていきます。火が消えたぶん、家の闇は濃くなっていきました。

 

やがて、最後の1話が終わり、残る1本が消されました。

真っ暗闇の中、5人の男は固唾を飲んで〝その時〟を待ちます――が、一向に怪異は起こりません。

「まあ、そんなもんだろう」

笑いあって、その場でゴロリと横になると、5人は眠ってしまいました。

数刻が経ち、5人は朝を告げる寺の鐘の音で目を覚ましました。

そこには、信じられない光景がありました。

彼らの寝ていた枕元に、ひとつずつ、女の生首が置かれているのです。

たった今切り捨てられたような、血をこびりつかせた生々しい5つの首です。いずれも、美しい顔をしており、きれいな黒髪を生やしていました。

座敷の戸は鍵をかけていたので、だれかが入り込んで置いたとも思えません。

この無気味な出来事に青褪めた5人は、女の生首を近くの原っぱに捨ててしまいます。

すると不思議なことに、それまで美しい女の顔をはりつけていた生首は、5つとも野晒しのシャレコウベと変わり果てていたのです。

 

これは『諸国新百物語』巻之四「不思議は妙妙は不思議」にある怪異です。狐狸の仕業なのか、本物の骸がやったことなのか、たいへん興味深いです。

 

首斬りにふりかかった祟り

高知県に伝わるお話です。嘉永のころ、赤岡村に弥六という盗人がおりました。狙うのは大金持ちのお偉いさんばかり、かといって、義賊のように庶民を助けることもしません。この男、盗んだ金で武士に変装し、豪遊するのがなによりの楽しみでした。

弥六は行動範囲がとても広く、神出鬼没なのでなかなか捕まりません。藩の役人や捕方も困り果てていた、そんなある日のことです。

某お偉方の子分の家に弥六が隠れているというタレコミがあり、その家を捕方が囲みました。約50人の捕方に囲まれながら、弥六は刀を振り回して抵抗します。その抵抗によって何人かの捕方が斬られてしまい、捕らえたくとも近づけない状況でした。

このままでは逃げられてしまう――そのとき、たまたま通りかかった荒馬(あらうま)という相撲取りが、果敢にも弥六に立ち向かい、その身を組み伏せました。すると一斉に捕方たちも飛びかかり、神出鬼没の盗人はようやくお縄となったのです。

 

弥六は赤岡の浜で斬首されることになりました。彼の首を斬るのは処刑場の近くに住んでいた伊与田吾兵衛という首斬り役人でした。

この吾兵衛、これまで44人の首を斬ってきたベテランです。ところが、弥六のときだけ、なぜかしくじってしまい、1刀で首を落とすことができませんでした。二度も失敗して肩に打ち込んでしまい、3刀目でやっと首を落とすことができたのです。弥六は苦しんで死にました。

その後、大変なことが起こりました。なにを思ったか吾兵衛は、自宅の井戸で洗濯をしていたお鈴という名の女中に斬りかかったのです。この時、吾兵衛の目には、お鈴が弥六に見えていたのです。

お鈴は無残にも死んでしまい、後に彼女が盗人の弥六の遠縁にあたる人物だったことがわかります。

 

ある晩のことです。吾兵衛は急に喉のかわきをおぼえ、井戸へいきました。水を汲んだ吾兵衛は肝を冷やします。釣瓶の中にニタリと笑う弥六の生首が入っていたのです。すぐに払いのけ、また水を汲むと今度はお鈴の生首が入っています。その首も払いのけて水を汲みますと弥六の生首が、また払いのけて汲むとお鈴の生首が……とうとう吾兵衛はその場に卒倒してしまいました。

使用人たちが倒れている吾兵衛に気づいて座敷に連れ戻すと、天井から弥六とお鈴の生首がぶらさがります。使用人たちは悲鳴をあげて逃げました。

それから毎晩、吾兵衛の家ではギイギイという釣瓶の音が鳴り響き、雨の日には井戸のまわりに何十もの火玉がついたり消えたりしたといいます。

使用人はどんどん辞めていき、吾兵衛はひとりっきりで、気がおかしくなって死んでしまいました。

そしてなぜか、弥六を捕らえた相撲とりの荒馬も、自宅の納屋で腹を切って死んでいました。人々は弥六の祟りだと恐れたそうです。

 

一声社『土佐の怪談』からの一話です。これとよく似たお話が『土佐奇談実話集』(昭和32年刊)にありますが、そちらはもっと生々しい怪談で、「生首」の怪異ではないので別の機会にご紹介いたします。

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文・絵=黒史郎

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