ちょっと怖い妖怪談 其の三〜〜大坊主小坊主/黒史郎の妖怪補遺々々

文・絵=黒史郎

妖怪補遺々々(ようかいほいほい)

ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」(隔週水曜日更新)! 連載第35回は、大好評「ちょっと怖い妖怪談」第3弾、旅先の宿での恐怖談から補遺々々します。

 

旅は憂いもの怖いもの?

恋人との初めての旅行で、あなたはとても浮かれていました。

チェックインの手続きを済ませると、ホテルマンがあなたたちの荷物を持って部屋へと案内してくれます。

「東京からですか?」「好天に恵まれてなによりですね」「山菜がとても美味しいんですよ」

とてもよく喋る、人の好さそうなホテルマンです。
ところが――予約した部屋の前に立つと、ホテルマンは急に何も喋らなくなりました。無言でカードキーを通すと、室内の様子をうかがいながら、なぜか恐々とドアを開きます。

恋人は「わあっ」と感動の声をもらしました。とても広く、きれいな部屋です。恋人は窓際にかけ寄ります。そこからは新緑のまぶしい山々が見えるのです。

「それではごゆっくり」

一瞬だけあなたに憐れむような視線を投げかけると、ホテルマンは足早に部屋を出ていきました。

そんなホテルマンの態度が気になりつつ、あなたは部屋の中を見て回ります。大きなベッド。広いバスルーム。外国の高級ホテル並みです。こんな素敵な部屋に、まさかあんな〝格安〟で泊れるなんて夢のようです。

 

あなたの目は、壁に掛けられている額縁で止まります。そこには花の絵が飾られています。

ここであなたは、違和感を覚えます。この絵の存在が、どうも不自然に思えてなりません。

なんの変哲もない普通の絵なのに、そこから何かが放たれているように感じるのです。

恐る恐る手を伸ばし、壁から額縁をはずしてみます。

 

――あなたは凍りつきました。

 

壁に、何かが飛び散ったような茶色い跡があります。

そしてそこには、黄ばんだお札がべったりと貼られていたのです。

 

……こんな話を耳にしたことはありませんか?

ホテルの怪談ではよくあるシチュエーションです。この類の話のすべてが実話なのかはわかりませんが、過去に〝何かがあった部屋〟というのは間違いなく実在しています。

もし、たまたまそんな部屋を引き当ててしまったら、せっかくの楽しい旅の思い出も台無しです。

今回ご紹介するのは、ある宿で起こった、ちょっと怖い出来事です。

 

ある旅の一座の恐怖体験

静岡県の韮山町にある宿で、巡業中の旅の一座が泊ることになりました。

部屋の振り分けは、1階は衣装屋がひとり、2階の2部屋は頭取やお囃子などの4人でした。

衣装屋の泊まる1階の部屋だけ、なぜか陰気な雰囲気に満ちており、壁には気味の悪い雨染みがあります。その染みは、大坊主と小坊主の形をしていました。

染みのことを女中に聞くと、壁紙を貼っても、同じような染みが滲みでてくるのだといいます。

衣装屋は「嫌だなあ」と思いましたが、その部屋で寝るしかありませんでした。

 

真夜中のことです。

大慌てで2階の部屋に飛び込んでくる者がありました。

1階の部屋で寝ていた衣装屋です。

どうしたのかと皆が尋ねますと、次のような話をしたのです。

 

眠っていると、閉めたはずの表の格子戸を開く音がしました。

すると今度は、手をはたいて砂を払っているような、さらさらという音が聞こえてきます。

布団の中でゾッとしていますと、壁の染みの大坊主と小坊主が、ふらふらと抜けでてきました。

そんな光景を見てしまった衣装屋はたまらなくなって、部屋を飛びだしたのです。

あの部屋には怖くて戻れないから、今夜はこの部屋で寝かしてくれと衣装屋は頼みました。

 

怪異への反撃なるか

衣装屋の話をまるで信じなかったのは、亀さんというお囃子担当の方でした。

この方、体重は20貫と大柄で、背中一面に入れ墨のある、なかなか迫力のある人物です。

「そんなバカげたことがあるもんか」と衣装屋を脇に寝かせ、自身も腹這いになってウトウトとしておりました。すると――。

「手を引っ張るぞ、手を引っ張るぞ」

耳元で何者かの声が聞こえてきます。そこで亀さんは、「ようし、引っ張ってみろ! てめえのツラを見てやる!」と、力んで返しました。

 

次の瞬間です。

亀さんの身体がズルッと、床の間のほうへと引きずられていきました。

さすがの亀さんもこれには肝を冷やし、根を上げてしまいました。

後に亀さんは、これほど怖かったことはないと語ったそうです。

 

壁の中から出てきた坊主たちは何者なのでしょうか。

この宿で、過去に何かがあったのでしょうか。

壁の染みは、本当にただの雨染みだったのでしょうか……。

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文・絵=黒史郎

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