美しい音色で人を惑わすちろんちろんの怪/黒史郎の妖怪補遺々々

文・絵=黒史郎

妖怪補遺々々(ようかいほいほい)

ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」(隔週水曜日更新)! 連載第37回は、人を誘う不思議な音色の正体について補遺々々します。

 

人は音色に誘われる

子供のころ、遠くで聞こえる祭囃子を、どこまでも追いかけたことはありませんか?

太鼓と笛のかすかな音色に胸を弾ませながら、汗だくになって自転車のペダルをこいでいるのに、祭の光はいっこうに現れません。着物姿の人たちも、色鮮やかな水ヨーヨーや綿あめを持っている子供たちともすれ違わず、焼きそばや焼きトウモロコシのこうばしい匂いも鼻をくすぐりません。祭の「ま」の字にも辿り着けないのです。

じんわりと暮れゆく空の下、ひとりだけぽつんと置いてけぼりをくったような、そんな物寂しい気持ちを背負いながら家に帰った思い出はありませんか?

このような現象を昔は「狸囃子(たぬきばやし)」と呼び、幻の囃子の音は狸が人を化かすために鳴らしているものだとされていました。

 

このように楽しげな音で人を誘い出すものは各地で報告されています。

次に紹介するのは、美しい音色で人を魅了する〝なにか〟のお話しです。

 

滝から聞こえる不思議な音色

香川県の箕浦に「ちろんちろん」と呼ばれる滝がありました。

この場所では日が暮れる時間になると、美しい琴の音色が聞こえてきたといいます。

「ちろんちろん」とは、その琴の音をあらわしているのです。

滝そのものには変わったところはないので、そのような音が鳴る原因はわかりません。人々はとても不思議に思っていました。

 

ある日のことです。

この不思議な音の原因を調べようと、和田村から豊助という男がやってきました。しかし、その日はなぜか、あの美しい琴の音色が聞こえません。

これでは原因の調べようもなく、岩の上に座り込んだ豊助は滝をぼんやり見つめていました。

日が暮れてきたころです。

滝つぼの横合いから、白いものがこそこそと出てくるのを豊助は見逃しませんでした。

それは、白い狸でした。

この白狸、なにするかと見ていると、しきりに尾や頭を振りはじめます。すると、その動きに合わせて「ちろん、ちろん」と、美しい音色が聞こえてきます。

そうです。滝から聞こえる琴のような音色は、この白狸が鳴らしていたのです。

不思議な音の正体を知った豊助は、そのままこの光景に見とれていました。

狸の動きはどんどん激しくなり、ついには踊りはじめます。すると音も激しくなり、賑やかになっていきます。

 

音の主の目的は……

豊助はその「ちろん、ちろん」という音色と狸の踊りにすっかり心を奪われ、夢心地の状態でした。心を囚われていました。

どれくらい、その光景を見ていたでしょうか。ふと、東の空を見ますと、彼の村のある付近の豊浜あたりの空が、真っ赤に染まっています。

――火事だ!

驚いた豊助は赤々と染まる空の下へ向かって走りますが、どうしたことでしょう、どんなに走っても豊浜につきません。

やがて、夜が明けますと豊助は、自分が水田の中でびしょ濡れになっていることに気づきます。焼け野原となっているはずの豊浜の村は、何ごともなかったように朝もやの中からその姿を現しました。豊助は滝に住む白狸に騙されてしまったのです。

 

合田正良『伊予道の伝説 狸の巻』の中で「ちろんちろん狸」と題されているお話しです。

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文・絵=黒史郎

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