日本産ミイラ「即身仏」の衝撃/昭和こどもオカルト回顧録

文=初見健一

ミイラとして再発見された「即身仏」

ユニバーサル製怪奇映画の影響で1960年前後から「ミイラブーム」が起こり、さらに1965年の「ツタンカーメン展」の大盛況によって、より広範なネタを内包する「古代エジプトブーム」が起こった……といったことを前回までに論じてきた。そして、この「ミイラ」および「古代エジプト」関連のネタへの好奇心は、オカルトブームが本格化した70年代、さらに多方面へと枝分かれしていく。

特に昭和こどもオカルトの分野においては、大きく4つの方向があったと思う。ひとつは前回解説した「ファラオの呪い」関連のネタ。もうひとつは「古代文明の謎」といった方向で、たとえば「ピラミッドは本当に人間が建造したのだろうか?」というデニケン的な関心だ。このテーマは70年代後半に極度に盛りあがったUFOブームと結びつくなどして、さらにさまざまな方向へと展開していった。まさに本家『ムー』が当時得意としていた分野だ。もう一方は、いわゆる「ピラミッド・パワー」である。欧米では終戦直後から一部で語られていたネタだが、これが70年代後半の日本でブームとなり、さまざまな書籍や関連商品(よく通販広告で見かけた瞑想用ミニピラミッドなどなど)が販売された。

そしてもうひとつ、当時の子どもたちに鮮烈な驚きを持って迎えられた新ネタが、いわゆる「即身仏」の話題である。仏教者が地中の穴などにこもり、ほとんど飲まず喰わずで瞑想を続けながら自らミイラ化する、いわば「和製ミイラ」だ(昨今ではなぜか「即身成仏」という言葉が主に使われているようだが、現世で人として暮らしながら「成仏」することを表す「即身成仏」と「即身仏」とは、まったく概念の違う言葉である。ここで取りあげるものについては「即身仏」が意にかなっていると思われるし、また当時はあくまでも「即身仏」の呼び名が一般的だったので、以降もこれに倣うことにする)。

60年代から子どもたちの関心を引いてきたミイラ関連のネタは、70年代なかばには徐々に下火になっていたと思う。その頃にはすでに「ミイラ男」といったモンスターの設定に子どもたちもリアリティを感じられなくなっており、オカルトのネタとしては力を失っていたのだろう。が、70年代後半あたりから子ども向けオカルト本がこぞってとりあげるようになった「即身仏」によって、前時代的と思われていたミイラは、突如、非常にリアルで身近なものとして息を吹き返したのだ。

 

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『ムー』1980年11月号の特集「ミイラの秘密」より。世界各国のミイラを取りあげるこの特集でも「即身仏」はしっかりフォローされている。スキモノにとっては非常に便利(?)な各地の即身仏情報の一覧を掲載。

 

テレビ特番によって大ブレイク!

70年代の子どもたちは「即身仏」によって、前時代的なネタになりかけていたミイラの魅力(?)を「再発見」したわけだが、もちろん「即身仏」の存在はそれ以前から知られていた。が、従来は仏教史や日本史に積極的な興味を抱く人たちの間だけで語られていたようで、大人たちの世界でも「即身仏」という言葉が広く知られるようになったのは、やはり70年代に入ってからだったようだ。

少なくとも一般的な書店で買える書籍として本格的な「即身仏」研究書(当時は「ミイラ仏」と呼称されることも多かった)が刊行されるようになったのは戦後になってからで、特に60年代に入るまでは気軽に入手できるような文献は極度に少なかったらしい。

70年代に入ると『終末期の密教』(稲垣足穂、梅原正紀・編著/産報)という本によって、それまでの仏教研究や日本史への興味とは別の方向から「即身仏」が脚光を浴びることになる。本書は仏教思想とヒッピーカルチャーを融合させたような思想書、というかアジテーションの書であり、当時、一部の僧侶たちによって結成された「霊的デモンストレーション集団」とでも呼ぶべき「公害企業主呪殺僧団」の活動ドキュメントである。これについて語っていると話が終わらなくなるので詳細は省くが、「公害企業主呪殺僧団」とは有志の僧侶たちによるオカルティックな反権力運動団体であり、彼らの思想のなかでは、企業活動の結果として起る公害によって人々が命を落としたりしていた高度成長期末期の状況と、天明年間などの乱世・大飢饉の時代とがシンクロしている。そもそも「即身仏」とは、こうした苦難の時代の民を救済するために仏教者が自己犠牲的に身を捧げる行為であり(実際は自らの「浄罪」を目的としたケースも多かったらしいが)、こうした仏教者たちの恐ろしいまでの「覚悟」を現代に復権させようとする宣言が、この『終末期の密教』だった。このなかでは一種の「闘争」としての「即身仏」の意義がセンセーショナルに語られており、これによって当時の左翼学生たち、あるいはカウンターカルチャーを体現するヒッピーの若者たちの一部にも、従来とは別の形で「即身仏」が認知されるようになったようだ。

しかし「即身仏」というものを、それこそ小さな子どもからお年寄りまで、すべての世代に決定的に知らしめるきっかけとなったのは、1976年に放映されたテレビ特番『水曜スペシャル』だろう。湯殿山(だったと思う)に埋められた即身仏を発掘するというドキュメンタリーで、完全な生放送ではなかったかも知れないが、その様子を実況中継風に見せるというなんとも罰当たり(?)な企画だった。最終的には「なかった」という結果に終わったと記憶しているが(風化して形を残していなかったのだと思う)、この番組は当時の子どもたちの間で(大人たちの間でも)大きな話題になったのを覚えている。これ以前もテレビで「即身仏」が取りあげられたことはあったが、ある種のオカルト・見世物ネタとして「即身仏」を茶の間に持ち込んだのは、おそらく「水曜スペシャル」が初めてだったのだろう。以降、同番組では何度か同じような「即身仏」発掘企画を放映している。

 

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『終末期の密教』(稲垣足穂、梅原正紀・編著/産報/1972年)。公害をたれ流す企業の責任者を「呪殺」するという僧侶集団の超過激な活動ドキュメント。左翼闘争末期の時代ならではの「怨念」に満ちた極めてアグレッシブな宗教論が展開されている。ちなみに稲垣足穂が著者に加えられているが、彼は短い対談に参加しているだけである。

 

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