眠りに誘う目薬泥棒の正体/黒史郎の妖怪補遺々々

文・絵=黒史郎

妖怪補遺々々(ようかいほいほい)

ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」(隔週水曜日更新)! 連載第38回は、今治城大門付近で起きた奇妙な事件とその犯人の正体を補遺々々します。

 

城の門前での珍事件

愛媛県の今治(いまばり)市には今治城があります。吹上城、吹揚城とも呼ばれるこの城は、敵からの守りや物資輸送に海を活用する「海城(うみじろ)」といわれる構造の建造物で、日本三大水城のひとつに数えられています。

昔々、この城の付近で、相次いで奇妙な事件が起こりました。

それは、あるひとりのお年寄りの優しい行動から始まるのです。

 

ある日のこと。

今治城の大門のあたりを、お婆さんが通りかかりました。

すると、門の前でひとりの男の子が泣いています。どうしたのとお婆さんが優しく聞きますと、男の子は目が痛いのだと答えました。

可哀想に思ったお婆さんは、たまたま持っていた目薬を男の子の目に注してあげると、「もう治るよ」と優しい声をかけ、その場を去りました。

 

この翌晩から、城の大門のあたりでは不思議なことが起こるようになりました。

大門の前を通った人が、急な眠気に襲われてしまうようになったのです。それは抗うことのできないほど強い眠気で、しまいには歩けなくなってしまい、石垣にもたれてイビキをかいて眠ってしまいます。

ですが、門の前を通った人のすべてがそうなるわけではありません。「ある物」を持っている人だけが、急な眠気に襲われてしまうのです。

その「ある物」とは、目薬でした。

どういうわけか、荷物の中に目薬を入れている人だけが眠ってしまうのです。

そして目が覚めると、荷物の中から目薬だけがなくなっているのでした。

 

目薬泥棒の正体とは

どんな奇術を使ったか、わざわざ人を眠らせたかと思えば、金や酒、油揚げを盗むわけでもなく、盗るのは目薬だけなんて……ずいぶんと変わった盗人です。

この奇妙な事件は、すぐに人々の評判になりました。そんな目薬泥棒のウワサは、平吾さんという寺子屋の先生の耳にも入ります。

この先生、かなりの頑固者なので、「そんなばかなことがあるものか」と信じません。

「よし、それなら試してやろう」

なんと平吾さんは真偽を確かめるため、わざわざ目薬を買い、それを持って今治城の大門の前を通ってみたのです。

すると、不思議や不思議。気がつくと平吾さんは、城の石垣にもたれていました。

そうです。先生は気づく間もなく、眠らされてしまっていたのです。

けれどもそこは頑固者の先生のこと、自分の身に起きた不思議なことを信じません。それどころか「自分は年のせいで眠気に負けてしまったのだ」と苦しいいいわけまでします。

ですが、荷物の中を調べてみますと……ない!

さっき買ったばかりの目薬が、荷物の中からなくなっているではありませんか。先生はまんまとウワサの目薬泥棒の術中にはまってしまったのです。

 

さて、この泥棒の犯人はいったい、何者なのでしょうか。

実は――。

心の優しいお婆さんが目薬を注してあげた、あの男の子だったのです。

男の子の正体は――なんと、狸。

なるほど。狸なら人を化かすのはお手のものです。ですが、食べ物を盗むのならわかりますが、どうして目薬限定で盗みを働いていたのでしょうか。

それには、このような経緯と理由がありました。

 

お婆さんが城の大門の前を通りかかった、あの日。この狸は今治城の松の木にのぼって遊んでいました。

そのとき、なにかの弾みで、はね上がった枝で左目を怪我してしまったのです。

あまりに痛いので、人間に助けてもらおうと考えたのでしょうか。人間の男の子に化けて門の前で泣いていたら、狙いどおり、心の優しいお婆さんが声をかけてきました。そして目薬を注してもらい、すぐに痛みも治りました。

このとき、狸はこう思ったのです。

目薬とは、なんとありがたいものだろう。きっと、この世で一番よい宝物に違いない。

それからこの狸は、目薬だけを狙って盗むようになったのでした。だから、「目薬狸(めぐすりだぬき)」と呼ばれたのです。

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文・絵=黒史郎

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