70年代「ツチノコ」ブーム/昭和こどもオカルト回顧録

文=初見健一

「ツチノコ」大ブームまでの経緯

では、70年代の「ツチノコ」の大ブームがどのように勃発したのか、ザッと確認してみよう。

 

源流がどこにあるのかということに関しては諸説あり、すでに『古事記』や『日本書紀』に記述があるとか、さらには縄文時代の土器の意匠に用いられていたといった説まであるのだが、「ツチノコ」に関する歴史的文献として頻繁に引用されるのは、江戸時代の百科事典『和漢三才図会』である。この事典の記事は70年代のブームのときから各種オカルト本などにさんざん転載されているので、僕ら世代は何度も目にしていることと思う。

この本では「え? これがツチノコ?」という感じの姿が描かれているが、江戸時代にはほかにも「ツチノコ」に関する絵や文章が残されており、なかには我々がイメージする「ツチノコ」にピッタリと合致するものもある。少なくとも江戸時代には「野鎚蛇」などの名称で一部好事家たちの間で語られていたことは間違いないようだ。

これが一気に広く認知されてブーム化する引き金になったのは、『和漢三才図会』から数えれば実に260年後、田辺聖子が1972年に朝日新聞夕刊に連載しはじめた小説『すべってころんで』である。「ツチノコ」探しにウツツを抜かす無責任かつ夢見がちな男と、彼にふりまわされたり、あきれ果てたりする家族の団地生活を描くコメディ調家庭劇といった内容で、翌年にはNHKでドラマ化される。小説もドラマもかなり好評だったようで、この作品によって従来は一部のモノ好きにしか知られていなかった「ツチノコ」は、突如「大衆化」され、まさに日本中の誰もが知るものとなった。

つまり「ツチノコ」ブームのトリガーを引いたのは田辺聖子ということになるのだが、そう単純に断定できない背景がある。『すべってころんで』の主人公のモデルとなったのは随筆家で釣り研究家の山本素石。この山本氏は、『すべってころんで』の「無責任かつ夢見がちな男」同様、60年代から「ツチノコ探し」に夢中になっていた、いわば「ツチノコ」の第一人者ともいえる人物だ。彼が1962年に雑誌『釣りの友』に発表した「ツチノコ」に関する随筆によって、すでに一部の釣り愛好家の間では局所的な「ツチノコブーム」が起きている。何人もの『釣りの友』読者が「オレもツチノコ探しの仲間に入れてくれ!」と山本氏のところに「頼みもしないのに押しかけてきた」とのことで、「ノータリンクラブ」と称する釣り愛好家団体兼「ツチノコ探検隊」が結成されているのだ。

要するに70年代「ツチノコ」ブームは、世間の動向とはかかわりなく、誰も関心を抱いていないころから「ツチノコ」を探し続けていた山本素石と、彼をモデルに傑作ユーモア小説を書きあげた田辺聖子の二人三脚によってもたらされたもの、ということになるようだ。

ちなみに、山本素石は73年に『逃げろツチノコ』という「ツチノコ探索記」を発表している。山本氏にとって「ツチノコ探し」は、どちらかといえば厭世的でアマノジャク、世間から妙な目で見られながらも「幻の怪蛇」なんぞの存在を信じ続けてきた好事家たちの間だけの「密かな愉しみ」だった。ブームによって「ツチノコ」は超トレンドな話題となってしまい、メディアに煽られた人々がこぞって「ツチノコ探し」をはじめるようになると、山本氏自身はかなりシラケてしまったようだ。彼は『逃げろツチノコ』以降、このテーマからは身を引いている。

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『すべってころんで』(田辺聖子・著/中公文庫/1978年)。1972年に朝日新聞夕刊に連載開始、翌年に朝日新聞社より単行本が刊行された。「ツチノコ探索」に夢中になる男と、その家族のトラブル続発の団地生活をユーモラスに描く。78年に中公文庫から文庫版が刊行されたが、現在は絶版。

とにもかくにも、新聞連載をまとめた単行本『すべってころんで』が刊行され、テレビドラマの放映(ドラマ版のタイトルは『すべって転んで』)もスタートした1973年を起点に、熱狂的な「ツチノコブーム」が巻き起こった。だが、我々当時の小学生たちの心に火をつけたのは、決して『すべってころんで』ではない。僕もそんなドラマが大人たちの間で人気を博していたことなどリアルタイムではまったく知らなかったし、当時の子どもたちの多くは新聞の連載小説などはもちろん、NHKのホームドラマなどに関心などなかったはずだ。

子ども文化において「ツチノコブーム」を起爆させたのは、同じく73年に矢口高雄が『少年マガジン』に連載した衝撃的なマンガ作品なのだが、ここから先の話は80年前後に盛りあがった第2次「ツチノコブーム」とも密接に絡んでくる。

 

次回は、70年代のブームの熱狂とその後の衰退、そしてオカルトとはまったく関連のない別のブームと並行する形で子どもたちを夢中にさせた第2次「ツチノコブーム」の経緯についてアレコレ思い出してみたい。乞うご期待。

 

初見健一「昭和こどもオカルト回顧録」

◆第18回 日本産ミイラ「即身仏」の衝撃

◆第17回 1960年代の「古代エジプト」ブーム

◆第16回 ユニバーサルなモンスター「ミイラ男」の恐怖

◆第15回 昭和の「ミイラ」ブームの根源的な謎

◆第14回 ファンシーな80年代への移行期に登場した「脱法コックリさん」

◆第13回 無害で安全な降霊術? キューピッドさんの謎

◆第12回 エンゼルさん、キューピッドさん、星の王子さま……「脱法コックリさん」の顛末

◆第11回 爆発的ブームとなった「コックリさん」

◆第10回 異才シェイヴァーの見たレムリアとアトランティスの夢

◆第9回 地底人の「恐怖」の源泉「シェイヴァー・ミステリー」

◆第8回 ノンフィクション「地球空洞説」の系譜

◆第7回 ウルトラマンからスノーデンへ!忍び寄る「地底」世界

◆第6回 謎のオカルトグッズ「ミステリーファインダー」

◆第5回 東村山水道局の「ダウジング事件」

◆第4回 僕らのオカルト感性を覚醒させた「ダウジング」

◆第3回 70年代「こどもオカルト」の源流をめぐって

◆第2回 消えてしまった僕らの四次元2

◆第1回 消えてしまった僕らの四次元1

 

文=初見健一

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