この世でいちばん怖い化け物/黒史郎の妖怪補遺々々

文・絵=黒史郎

妖怪補遺々々(ようかいほいほい)

ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」! 連載第40回は、〝いちばん怖いもの〟「フルヤノモリ」を補遺々々します。

 

一番怖いもの

この世でいちばん怖いものとはなんでしょうか。

それは、だれにもわかりません。怖いものは確かにあるのですが、それが「いちばん」であると決めることはだれにもできないのです。

なぜなら、何に恐怖を抱くかは人によって違うからです。蛇が怖いという人もいれば、蛇が可愛いといって飼う人もいます。幽霊の話がダメだという人もいれば、好んで怪談会に参加する人もいますし、まったく信じていない人もいます。

今回は各地の民話で語られる、あの「いちばん怖いもの」のお話です。

 

老夫婦が口にする、もっとも恐ろしいもの

ある山奥の一軒家に老夫婦が住んでいました。

この家では大変よい馬を飼っておりましたが、ある夜、その馬を狙ってふたつの影が馬小屋に忍び込みました。

そんなことも知らず、老夫婦はこんな会話をしていました。

「ねぇ、おじいさん。この世でいちばん怖いものって、なんだと思いますか?」

「そうだな、人間では、泥棒かな」

なるほど。お金や食べ物など大切な物を盗んでいく泥棒は確かに怖い存在です。

「では、この世でいちばん怖いものは泥棒ですか?」

「いや、人間では泥棒だが、獣なら、狼が怖いな」

なるほど。あの獰猛な狼に囲まれたら、ひとたまりもありません。確かに怖いです。

「では、この世でいちばん怖いものは狼ですか?」

「……いや、この世でいちばん怖いものは……フルヤノモリだな」

「ああ、そうですね。確かにこの世で一番怖いものは、フルヤノモリですね」

 

そんな老夫婦の会話を聞いていたふたつの影は、馬小屋の中で震えていました。馬を盗もうと梁の上で息をひそめていた泥棒と、馬を食らおうと機会をうかがっていた狼です。彼らは「この世でいちばん怖いだなんて、フルヤノモリとは、いったいどんな化け物だろう」と恐ろしくなったのです。

その恐ろしい姿を想像し、ガタガタと震えていたからでしょうか。泥棒は足を踏みはずし、真下にいた狼の背中の上に落ちてしまいます。

狼はびっくり仰天。大慌てで馬小屋を飛びだしました。

フルヤノモリに襲われたのだと、勘違いをしたのです。

泥棒も泥棒で、自分がフルヤノモリの上に落っこちたのだと思い込んでいました。とんでもなく速く走るので、振り落とされたら死んでしまうと必死に首にすがりつきます。それがますます、狼を怖がらせてしまいます。

 

だんだん夜が明けて、あたりが明るくなりだすと、泥棒は自分のしがみついているフルヤノモリが狼にとてもよく似ている化け物であることを知ります。

「このままでは大変なことになるぞ」

どうしようかと考えていると、枝の垂れ下がる大きな木が目にとまります。

「あれだっ」と思った泥棒は、狼が木の前を通った瞬間を狙って腕を伸ばし、枝を掴みました。そうして、木の上へ逃げることに成功します。

しばらくして、背中からフルヤノモリがいなくなっていることに気がついた狼は、「ああ、助かった」と安心し、山の獣たちにこのことを話しました。

「この世には、フルヤノモリという、何よりも怖い化け物がいるんだ。俺はさっきまでそいつに乗っかられて、命からがらここまで逃げてきたんだ」

あんなモノがいては山になんて住めない、なんとか退治をしたいと相談すると、それを聞いていた虎が、こういいました。

「狼がそんなに怯えるなんて、それは本当に恐ろしい化け物に違いない。でも俺がいけば、そんなやつはすぐに食い殺してやるよ」

そんな頼もしい虎と狼の2匹でフルヤノモリを捜していますと、

「どこへ行くんだい?」と猿が聞いてきました。

狼がこれまでのことを説明すると、猿はなんと、狼がフルヤノモリとやらを背中に乗せて走っているのを見たといいます。

「ほら、あそこにいるじゃないか」

猿は大きな木の上を指さしました。

恐ろしい獣たちに視線を向けられた泥棒は、慌てて木の洞の中へと逃げ込みます。

「よし。あのフルヤノモリを退治したものが、獣の大将だ!」

いつの間にかそういうルールになり、猿はしめしめとほくそ笑みました。

実はあれが化け物ではなく、人間であることを猿は知っていたのです。だから、いちばんに自分がいって、木の洞の中に長い尻尾を入れて中を探ります。

――これで、俺が獣の大将だ。

すると、その尻尾を泥棒が掴んで引っ張ります。猿の方も必死に引っ張り返します。どっちも譲らず、とうとうブチンと尻尾がちぎれてしまいました。

そのはずみで顔から転んでしまった猿は、それ以来、顔が真っ赤になり、尻尾が短くなったのだといいます。

 

ところで、フルヤノモリとはいったい、なんだったのでしょうか。

それは「古屋の漏り」――つまり、古い家の雨漏りのことだったのです。

 

フルヤノモリは妖怪か

この昔話は各地に類話があります。勘違いから巻き起こる珍騒動のお話というのは変わりませんが、登場人物、登場動物などが微妙に変わります。また、物語中でフルヤノモリを「化け物」だと恐れる場合もありますが、「自分よりも強いもの」「おっかないもの」と、さらに漠然とした表現が使われる場合もあります。

 

いずれにしても、フルヤノモリは妖怪ではないのですが、狼や泥棒にとっては正体不明の怖いものです。昔、子供を脅かすために大人が用いた妖怪の名前と同じような、見たことがないけど、なんだか怖そうなものなのです。

「古屋の漏り」と字で見るとそれほど怖くはありませんが、「フルヤノモリ」という音だけを聞かされたらどうでしょう。それがどういうものなのか、まったく想像がつきませんし、そこに「この世でいちばんおっかない」なんて台詞まで付いてきたら……。

みなさんの、いちばん怖いものは、なんですか?

 

さまざまなフルヤノモリ

【雨もり】 「泥棒と狼」山田野理夫『宮城の民話』

【なる】 米びつが空になること。 「なるともる」沢渡吉彦『出羽の民話』

【ぶりんどの】 柳田国男・武田明『日本昔話記録7 香川県佐柳島・志々島昔話集』

【ぶる】 (香川予見高松市) 関敬吾『日本昔話集成 第一部動物昔話』

【ぶる】【ぶり】 「古屋の漏り」武田明『阿波の民話』第二集

【降るぞ漏るぞ】 「降るぞ漏るぞ」江馬三枝子『飛騨の民話』

【ふるやのもるぞー】 「ふるやのもるぞ」杉原丈夫・石崎直義『若狭・越前の民話』

【ふるやんぼるど】 「ふるやんぼるど」土屋北彦『大分の民話』

【漏りどん】【雨の漏りどん】 「雨の漏りどん」石塚尊俊『出雲の民話』 八束地方

【むる】 「むると人穴」土橋里木『甲斐の民話』

【もりと】 静岡県女子師範学校郷土研究会『静岡県伝説昔話集 (下巻)』

【もる】 「なるともる」沢渡吉彦『出羽の民話』

【もるぞ】 「狼よりもるぞ恐ろしい」菅沼五十一『遠江・駿河の民話』

【もろぞう】 静岡県女子師範学校郷土研究会『静岡県伝説昔話集 (下巻)』

【もろどの】 静岡県女子師範学校郷土研究会『静岡県伝説昔話集 (下巻)』

【モロンドノ】 「モロンドノととらおおかみ」稲田浩二『岡山の民話』

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文・絵=黒史郎

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