ナチスを動かしたヴリル伝説の聖典「来るべき種族」解読

文=宇佐和通

ユートピア小説「来るべき種族」

読者諸氏は『来るべき種族』(原題: 『The Coming Race』)という小説をご存じだろうか? イギリスの政治家・作家のエドワード・ブルワー=リットン(1803~1873)による、“ユートピア小説”というジャンルに分けられる作品だ。ここでその内容をざっと紹介しておこう。

 

――主人公は偶然、地球の奥底にある地底世界に入り込んでしまう。そこにはヴリル=ヤと呼ばれる社会があり、その住人“アーナ”は、神秘のエネルギー“ヴリル(Vril)”を操り、超文明を築いていた。ヴリル=ヤに受け入れられた主人公はアーナの社会をつぶさに観察していく。地底世界の伝説によれば、彼らはいつの日か地上に出現するという。

『来るべき種族』は、地球内部の先進的文明社会を舞台に繰り広げられる、超エネルギー・ヴリルと自動人形を活用するアーナ、そして格差や差別、労働も戦争もないヴリル=ヤについての物語である。

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『来るべき種族』(エドワード・ブルワー=リットン・著/小澤正人・訳/月曜社)。

 

今回、この『来るべき種族』の翻訳を自費出版から始め、単行本として完成させた翻訳者の小澤正人氏(愛知県立大学外国語学部教授) にお話をうかがう機会を得た。

ヴリルという未知のエネルギーとは何か? ヴリルの原点・原義とは何か?『来るべき種族』に描かれた地底世界、すなわち当時の理想郷=ユートピアの意味はどのようなもので、どんな形で位置づけられていたのか? そして、ヴリルに多大な興味を抱いたというドイツの独裁者アドルフ・ヒトラー(1889~1945)や、ナチスの神秘主義にどんな影響を与えたのか? 筆者が抱くこうした疑問のみならず、小澤教授には、多岐にわたる内容をお話しいただいた。

 

ブルワー=リットンとはどんな人物か?

まずは訳書の後書きから、『来るべき種族』の著者について紹介しておく。

エドワード・ブルワー=リットンは19世紀イギリス、ヴィクトリア朝時代の有名作家で、日本では明治期に政治小説や歴史小説が翻訳され人気を博している。とくにイタリアのヴェスヴィオ火山の大噴火(西暦79年)を背景にした小説『ポンペイ最後の日』で知られた。その後、当時の人々が抱いた幻想小説やオカルトへの関心から『ザノーニ』と『不思議な物語』が翻訳されている。

しかし本書『来るべき種族』は、ユートピア思想史やSFの先駆的作品についての研究でしばしば言及され、またオカルト関係文献においてもよく取り上げていられるにもかかわらず、なぜか翻訳されていなかったものである……。

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エドワード・ブルワー=リットン。

 

このブルワー=リットンについて、小澤教授は次のように語る。

「ブルワー=リットンという人は、きちんとした学校教育は受けていません。家庭教育で勉強して、後になって大学に行き、小説もたくさん書きました。思想家であり文人であり、いろいろなものを読んでいたようです」

実のところ『来るべき種族』の内容から、作者としてのブルワー=リットンをオカルト主義と直結させて考えたがる人は少なくないだろう。しかし、彼自身がそうしたものを信じていたかといえば、はっきりとはわからない。

 

小澤教授によると、孫のヴィクター・ブルワー=リットン著の伝記本には、次のような内容の記述があるという。

「ヴィクターは、祖父はこういう本を書いたけれども、どうやら懐疑派だったようだとしています。絶対的に信じているわけではなかったようですね。心霊関係の資料は多く持っていて心霊術の会にも参加していたけれども、全部信じているようではないらしかったということです」

 

とはいえ、直接的な行動に出たこともあったらしい。

「娘を早く亡くしていて、その霊を呼び出すといったこともしてもらったようです。だからといってすぐに信じたのではなく、懐疑的な姿勢は崩さなかったようですね」

 

ただし、ブルワー=リットンの周囲の人々は彼をオカルト主義と結びつけたがった。伝説の秘密結社“薔薇十字団”の重鎮などと噂されることもあったらしい。だが、これには理由がある。

以下、これも『来るべき種族』の後書きからの紹介になるが、1842年に出版された『ザノーニ』の「序」に次のような内容の一節がある。

 

――何年か前、まだ作家としても人間としても駆け出しであったころ、たまたま私(ブルワー=リットン)は、薔薇十字団という名で知られる不思議な組織の真の起源と教義とを知りたいという気を起こした。やがて私は不思議な老人と知り合い、古代の叡智を学び、不死に近い存在となった男ザノーニの物語を渡される。――

 

この「序」は作品の一部であるから、「私」を単純にブルワー=リットン本人と完全に同一視するわけにはいかないが、彼が早い時期から神秘思想に関心を持っていたことは確からしい。

『来るべき種族』は、地底人アーナと神秘のエネルギー・ヴリルについての物語だ。アドルフ・ヒトラーも魅力を感じたというヴリル。彼はアーリア人種至上主義を自らのイデオロギーの中核に据えたことで知られる。

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『来るべき種族』を翻訳した、愛知県立大学外国語学部の小澤正人教授。

だが、アーナやヴリルとアーリア人至上主義は、どのように結びつくのだろうか? もしかすると、ヒトラーはブルワー=リットンの卓越した言葉使いのセンスに心を奪われたのかもしれない。

小澤教授はこう語る。

 

「ブルワー=リットンは、小説の中にサンスクリット語の要素を盛り込みました。ヴリル=ヤの人たちが使っている言語というのは、もしかしたらサンスクリット語の流れを引いているかもしれないとしたのです。こうした要素がアーリア人至上主義思想を強めることになりました。太古、地下に逃れたアーリア人がアーナとなって、謎の力を有するに至ったという解釈が生まれたのです。というのも、アーリア人の系譜をたどると、伝説の地底ユートピア・アガルタとかシャンバラの住人の末裔であるという伝説が残っていたのかもしれない。それを継承するのがアーリア人、とくにゲルマン民族である。だから彼らは、人間として一番優れた民族である……。

こういうふうにしておくと、重みがつきます。ヒトラー自身がどの程度信じていたのかはわかりませんが、落ちぶれかけたドイツをもう一度盛り上げようとしていたわけです。つまり、自分たちはできると訴えるための裏付けとしたのではないでしょうか? そして彼の周囲に、この思想を積極的に広めた人たちがいました」

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(ムー2019年1月号より抜粋)

文=宇佐和通

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