「不幸」の起源となった「幸運の手紙」/昭和こどもオカルト回顧録

文=初見健一

9日後に幸運がめぐってくる……?

新年早々、またもや「不幸の手紙」なんぞという不吉なネタの話を続けてしまって申し訳ないのだが、今回は主に大正時代に流行した「幸運の手紙」について語るつもりだ。その名の通り、「幸運たちどころに来たる!」というおめでたい内容の手紙であり、当初は年賀状として届けられたという説もある。いかにもお正月にふさわしい縁起のよい話題なのだ……というつもりでお読みただければと思う。

 

「幸運の手紙」とは、1922年(大正11年)に突如出現し、たちまち大流行したとされる奇妙な手紙である。同年の『東京朝日新聞』1月27日付には、「舞い込む謎の葉書 薄気味悪い『幸運のため』」という見出しの記事が掲載されている。昨今、巷では「貴下の幸運の為めに」と題された葉書が各家庭に続々と届きはじめた、という内容だ。その手紙の主旨をまとめてみると……

 

  • この葉書を受け取ったら、24時間以内に9人の知人に同じ文面の葉書を出さなければならない
  • 実行すると9日後に幸運がめぐってくる!
  • 実行しなければ大悪運がめぐってくる!
  • この葉書はある米国の士官からはじまり、すでに地球を9度回っている

 

新聞の記事は葉書を受け取った多くの人が不安の念にかられていることを伝え、「迷信か悪戯か知らぬが妙なことをする」と結んでいる。すでにこの段階で爆発的に流行していたらしく、わずか2日後の同紙にも「『幸運』の葉書に脅かされる人々」という見出しで、葉書を受け取って困惑する人たちの声を紹介する記事が掲載されている。どうやら完全に「社会問題」となっていたらしい。

この「幸運の手紙」は1922年の大流行からほどなくして終息するが、4年後の26年の夏に再び大ブームとなったそうだ。

 

わざわざ言うまでもないことだが、「幸運の手紙」の趣旨というか、設定されている機能は、見ての通り「不幸の手紙」とほとんど同一のものである。「幸運」と「不幸」という形で名称の意味合いは完全に逆だが、どちらも要するに「指示に従わなければ不幸になる」という内容だ。一応、「幸運の手紙」には「指示に従えば幸運がめぐってくる」という要素が付加されてはいるが、これを受け取って「ラッキー!」と喜ぶ人は皆無だろう。受け取った人の困惑や不安の声が新聞紙上で紹介されている通り、誰にとっても「幸運の手紙」は実質的には「不幸の手紙」なのだ。戦後になって「幸運の手紙」が「不幸の手紙」に転化するのも、単に余計な要素が省略され、よりストレートな内容に純化された結果なのだろう。

ただ、「幸運の手紙」と「不幸の手紙」には大きな差異もある。前者があくまでも大人たちの間で流行したのに対し、「不幸の手紙」は小中高生の間で流行したことだ。一説によれば、「幸運の手紙」が子どもたちの間でやり取りされるようになったのは、最初の流行から30年以上も経た1954年ごろだとされている。当時の「読売新聞」には「『幸運の手紙』、子どもの世界に侵入」といった記事が掲載されたそうだ。1970年前後に子ども文化においてビッグバンを起こす「不幸の手紙」は、50年代に「子どもの世界に侵入」した「幸運の手紙」が、わかりやすく単純化されていったものだったようだ

fukounotegami-2
「ムー」1998年11月号掲載「だれが『不幸の手紙』を始めたか?」より。「不幸の手紙」発祥の経緯が詳しく解説されており、さらにその起源を江戸時代に流行した奇怪な噂や呪術的遊戯と関連させて分析している。

 

「幸運の手紙」はどこから来たのか?

「幸運の手紙」と「不幸の手紙」の間にはもうひとつ、決定的な違いがある。特にその初期においては、「幸運の手紙」には差出人名がしっかりと明記されていたという。差出人名だけでなく、そこに至るまでの仲介者の名前のリストが付いており、そのリストを書き写し、さらに自分の名を追記して次へまわす、というのが基本ルールだったのである。もちろんリストが本当に信頼できるものなのかの保証はないが、それでも一応は葉書の経路は明確になっており、特に直近の差出人についてははっきりしているケースが多かったようだ。この違いは非常に大きく、「不幸の手紙」の特性である陰湿な無記名性は、「幸運の手紙」にはなかったわけだ。

先にも書いた通り、「幸運の手紙」には多くの場合、「この手紙はある米国の士官からはじまり……」といったことが書かれている。これも捏造された設定ではなく、実際にアメリカ、及びイギリスなどでは、以前から「good luck letter」などとして「幸運の手紙」が流通していたらしい。そして日本に流布した初期の「幸運の手紙」は、英語圏に流通していた「good luck letter」が国内に届き、受け取った日本人が日本語に翻訳して広まったものだったようだ。

丸山泰明氏の研究論文(『国立歴史民俗博物館研究報告』第174集/2012年3月)によれば、1926年に政治学者である吉野作造も「幸運の手紙」を受け取っているが、差出人は外務省高官や貴族院議員だと述べている。いずれにしろ、英語圏に知人のいる役人や政治家、あるいは軍の上層部など、いわゆる上流階級の人々によって「幸運の手紙」は国内に持ち込まれたらしい。

現在の我々の感覚からすると、「チェーンメールなんぞにウツツを抜かすのはせいぜい高校生くらいまで」という気がしてしまうのだが、こういうことを最初にはじめたのは「いい年をした大人」、しかも相当に高い社会的地位のある「エラい人たち」だったのだ。

 

次回は「不幸の手紙」編の最終回。こうしたチェーンメールと時代の動向について考察してみたい。

fukounotegami2-1
「ムー」1998年11月号掲載「だれが『不幸の手紙』を始めたか?」より。大正15年8月1日の東京日日新聞の記事。大蔵官僚らが「不幸の手紙」に関わり、一斉取り締まりを受けたことを伝える記事。関わった人々は役人や大企業の社長など、名士ばかりだったという。

 

初見健一「昭和こどもオカルト回顧録」

◆第22回 「不幸の手紙」のはじまり

◆第21回 「不幸の手紙」…小学校を襲った「不安の連鎖」

◆第20回 80年代釣りブームと「ツチノコ」

◆第19回 70年代「ツチノコ」ブーム

◆第18回 日本産ミイラ「即身仏」の衝撃

◆第17回 1960年代の「古代エジプト」ブーム

◆第16回 ユニバーサルなモンスター「ミイラ男」の恐怖

◆第15回 昭和の「ミイラ」ブームの根源的な謎

◆第14回 ファンシーな80年代への移行期に登場した「脱法コックリさん」

◆第13回 無害で安全な降霊術? キューピッドさんの謎

◆第12回 エンゼルさん、キューピッドさん、星の王子さま……「脱法コックリさん」の顛末

◆第11回 爆発的ブームとなった「コックリさん」

◆第10回 異才シェイヴァーの見たレムリアとアトランティスの夢

◆第9回 地底人の「恐怖」の源泉「シェイヴァー・ミステリー」

◆第8回 ノンフィクション「地球空洞説」の系譜

◆第7回 ウルトラマンからスノーデンへ!忍び寄る「地底」世界

◆第6回 謎のオカルトグッズ「ミステリーファインダー」

◆第5回 東村山水道局の「ダウジング事件」

◆第4回 僕らのオカルト感性を覚醒させた「ダウジング」

◆第3回 70年代「こどもオカルト」の源流をめぐって

◆第2回 消えてしまった僕らの四次元2

◆第1回 消えてしまった僕らの四次元1

文=初見健一

  • 1

この記事と同じトピックを探す

関連記事

編集部おすすめ

アクセスランキング

  • デイリー
  • ウィークリー
  • トータル