禁断の科学! 遺伝子設計が実現する「人工生命体」の誕生

文=中野雄司

生命はなぜ生まれたのか

地球には、不思議なほど生命があふれている。動物、植物、昆虫、微生物など、多種多様な生命の形態がひしめき合っている。

現在、発見されている生物の種類は約870万種。仮に1種類1ページで生物図鑑を作るとしたら、400ページほどの書物2万数千巻が必要となる。もしこの図鑑を全巻横に並べるとしたら、必要な本棚の幅は1キロを超える。

しかもこれは、すでに発見され、学問的な分類がすんでいる生命に限っての話である。まだ正確に分類されていない未知の生物を加えると、その数は3倍以上、およそ3000万種類と推定されている。いったいなぜ、地球にはこんなに多種多様な生命が存在しているのだろう。この宇宙のどこを見わたしても、地球のように生命があふれている星など存在しない。

しかし、現在3000万種を超えるといわれる生命も、その元をたどっていけば、たった一種類の生命にたどり着く。今から40 億年ほど前に起きた、たった一回きりの奇跡、そう、最初の生命の誕生だ。

まだ地球がドロドロの原始の海に覆われていたころ、何もないところから原初の生命は突然に生まれた。それはたった一回きりの奇跡だった。その生命には親が存在しなかった。虚無の暗闇を切り裂いて、まばゆい命の光が輝き、生命の鼓動を刻みはじめたのだ。

その生命はやがて分裂し、増殖し、進化し、枝分かれし、この地球上に豊穣な生命の楽園を築き上げた。進化の系統樹という、巨木に実った無数の果実は、永遠に繰り返される親子関係によって成り立っている。すべての生命には親がいて、その親にもまたさらなる親がいて、と無限にループする生命の連鎖が、この地球上で数十億年にわたって続いてきた。

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錬金術でフラスコの中から生命を生みだそうとする試み。何もないところから、生物を創りだしたいという発想は、中世のころから根強く存在した。

 

太古の昔より、永遠に繰り返される生命の連鎖は、すべての生物には親が存在するという、当たり前の事実を意味している。だが、この当たり前の事実に、昂然と反旗をひるがえす人々がいた。

古くは人造人間ホムンクルスの製造に情熱を燃やしたパラケルスス、あるいは実験室のフラスコの中に、「原始の地球の海」を再現して生命を誕生させようとした、シカゴ大学のハロルド・ユーリーとスタンリー・ミラーなどのように、錬金術師から科学者まで、多くの野心家たちが「原初の生命の誕生」を再現しようと挑戦してきた。

だが、その挑戦は失敗の連続であった。中世の錬金術師も現代の科学者も、みな等しく挫折した。彼らの目指した究極の目標である人工生命の創造は、人間の手に負える代物ではなかった。それは人の手が触れることのできない、神の領域に存在している。

と、思われてきた。が、しかし、ここにひとりの男が登場する。

 

人工生命体を創った天才科学者ベンター

彼の名はクレイグ・ベンター。

天才科学者の名をほしいままにするベンターは、だれひとり予想しない方法で、実際に人工生命を創り上げてしまったのである。

それは、40億年前に起きた最初の生命の誕生に続く、「2回目の奇跡」であった。

最初にお断りしておくが、クレイグ・ベンターは毀き誉よ褒ほう貶へんの激しい人物である。周囲と対立することが多く、科学界の異端児として腫扱いされることが多い。

「学問的モラルを破壊する独善者」とか、「利益の追求しか頭にない守銭奴」などと、ひどいいわれ方をすることも少なくない。ただし、その批判は主に彼の人格的な面に対する批判であり、学問的な業績とは別だ。

ベンターを忌み嫌い、長年激しく対立してきたジェームズ・ワトソン(DNAの発見者として知られるノーベル賞科学者)でさえ、「ベンターの成し遂げた業績は、科学の偉大な勝利に他ならない」と称賛の声を惜しまない。

しかし、そんな問題のある人物が、なぜだれも成し得なかった「人工生命」の創造に成功したのか?

いや、そもそもベンターの創造した「人工生命」とは、いったいどんなものなのか? その謎の核心に触れる前に、先人たちが試みた実験がなぜ失敗したかについて述べておこう。

ベンター以前の科学者が重要視したのは「材料」だった。生命が自然発生するためには、どのような材料(たとえばメタン、水素、窒素、アミノ酸など)を化合させればいいのか、あるいはそこにどのような刺激を与えればいいのか、と先人は知恵を絞った。あたかも錬金術師が大鍋の中に秘密の調合薬を混ぜ合わせて、グツグツ煮込めばホムンクルスができあがると信じていたかのように。

しかし、ベンターの発想はまったく逆だった。

「生命にとって重要なのは、ソフトウェアだ。ハードウェアではない」と彼はいう。ハードウェア、つまり「材料」が何かを捜し求めても無駄だ、とベンターは見切っていた。生命の本質は、そこにはない。重要なのはソフトウェア、つまり「ゲノム情報」であるとベンターは確信していた。

 

ゲノム情報と人工生命

ベンターは、世界で最初に人間の全ゲノム情報の配列を解析した科学者である。

同時期、ジェームズ・ワトソン率いる米政府の公的な研究機関も、同じテーマに取り組んでいた。大方の科学者の予想では、解析に15年以上はかかると思われていたが、ベンターは「ショットガン方式」と呼ばれる独自の解析法を編みだし、わずか数年で解析を終了。

一方で、解析が遅々として進まないワトソンらのグループを、「無能な官僚主義者」と嘲笑ったことで、科学界の大きな反発を呼び起こすことになる。

それはさておき、ヒトゲノム情報の徹底的解析を通じて、ベンターは多くの有益な発見や画期的な技術を手にすることになる。それは、これまで神秘のヴェールに包まれていた、生命の謎を解き明かす重要な手がかりとなった。

そもそもゲノムの中に書き込まれたDNA情報とは、生命の設計図そのものである。人間の場合、およそ30億の「文字」でその生命の設計図は書かれている。たとえば眼球、心臓、毛髪などの各部品は、この詳細な設計図どおりにタンパク質が配合され、体内の必要な場所に配置される。

ベンターはこの生命の設計図が、コンピューターを動かすソフトウェアと類似していることに気がついた。コンピューターのソフトウェアは、「プログラム言語」と呼ばれる特殊な言葉で書かれている。

同じように、ゲノム情報はデオキシリボ核酸と呼ばれる物質が、その役割を担っている。正確にいえば、デオキシリボ核酸内の「塩基」がそのプログラム言語に相当する。

塩基は4種類ある。A(アデニン)、G(グアニン)、C(シトシン)、T(チミン)の4つだ。

このA、G、C、Tの4文字のうち3つの文字の組み合わせにより、タンパク質を構成するアミノ酸の種類が決定される。

ベンターは最新のIT機器を駆使して、A、G、C、Tの配列をより早く、より正確に読みとる画期的な技術を開発した。

そこでベンターは、ふと気がつく。IT機器を使って生命のゲノム情報を「読む」ことができるのなら、逆に「書く」こともできるのではないか、と。

この逆転の発想が、科学界の常識を超えた驚くべき大発見につながることになる。

ゲノムを書く? しかし、本当にそんなことができるのだろうか?

ベンターには勝算があった。ゲノム情報とはつまるところA、G、C、Tの配列である。配列を読みとる機械を仮にスキャナーにたとえるなら、それをプリンターに転用することは十分に可能だ。

ベンターはさっそくチームを立ち上げ、まず小さなウイルスを創ってみることにした。ウイルスは細胞をもたないため、最初の試作品として適している。それでも世界初の人工ウイルスの作成は、そう簡単なことではなかった。わずか5300塩基対の「文字配列」をプリントするのに、5年の歳月が必要だった。

次にベンターが目指したのは、実際に存在する微生物のゲノム情報を書きだすことだった。微生物は細胞をもつ。人工的なウイルスの作成よりもはるかに困難を伴う作業であった。

しかし、この高いハードルもベンターはついに乗り越える。2010年3月、世界初の「人工ゲノムをもつ生物」が誕生した。

 

コンピューターで設計されたミニマム・セル!

人工生命誕生のニュースは、衝撃とともに世界を駆け巡った。ベンターは人工的に書きだしたゲノム配列を、細胞の中に移植することに成功したのだ。ベンターの言葉を借りれば、それは「ソフトウェアをコンピューターにインストールする」ようなものであった。

しかし、ベンターはまだ満足していなかった。創りだした微生物は、すでに自然界に存在するものだったからだ。世界初の人工生命ではあるが、あくまでも「巧妙なコピー」にすぎない。

そしてついに、ベンターは最終目標へと向かう。

自然界に存在しない生物の作成である。ミニマル・セルと名づけられたこの生物のDNAは、コンピューター上で設計されたものだ。ミニマル・セルは、地球上に存在する3000万種もの生命のいずれとも共通点がない。

つまり、生物学上の親が存在しないのである。

さすがにこの作業は、天才クレイグ・ベンターといえども困難を極めた。それでも彼はあきらめなかった。神秘のヴェールに包まれた生命の謎を、この手で解き明かすのだと自らにいい聞かせた。

そして2016年6月、ついに人工生命ミニマル・セル誕生のニュースが世界を駆け巡った。人々は仰天した。そして同時に恐れおののいた。ついに、禁断の扉が開かれてしまったのである。

これまでずっと、生命の秘密は頑丈な鎖に縛りつけられてきた。DNA配列が刻まれた二重螺旋構造は決してほどけることなく、その奥の堅牢な小部屋に人類の手が届くことはなかった。

が、しかし……その鎖は今、解放された。異端の科学者によって、生命の秘密を人類がその手で握ることが可能になったのである。

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(ムー2019年4月号より抜粋)

文=中野雄司

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