元号の言霊と、呪術としての改元

文=古銀剛

元号の契機となった大事件

今からおよそ1400年前の西暦645年。

日本ではこの年、政権の中枢で前代未聞の一大事件が発生した。当時は飛鳥地方に朝廷が置かれた飛鳥時代で、時の天皇は女帝・皇極である。

だが、政治の実権をにぎっていたのは、天皇でも皇族でもなかった。この時期、政権を掌握していたのは、有力豪族の蘇我氏であった。なかんずく、蘇我氏のリーダーで大臣の地位にあった蘇我蝦夷とその嫡子・入鹿は、国政を牛耳るにとどまらず、朝廷のそばに豪邸をたて、多くの民を使役して巨大な生前墓を築くなどして専横な振舞いにふけり、天皇家と並び立つ、いや、天皇家をすでに超えたとも評されるほどの権勢を誇っていた。

だが、その栄光も、この年の6月12日の一大事件をもってあっけなく終焉を迎えてしまった。

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蘇我入鹿が討たれた乙巳の変。

 

蘇我氏の横暴と王権の衰微を憂う皇極天皇の皇子・中大兄皇子(のちの天智天皇)と、反蘇我派の有力氏族・中臣鎌足の主導によって、この日、クーデターが起こり、蝦夷・入鹿父子は誅殺(ちゅうさつ)され、蘇我氏が一挙に失脚してしまったからである。

ここで特筆したいのは、このクーデターの陰惨さだ。

『日本書紀』によれば、当日、飛鳥板蓋宮の大極殿では「三韓進調」という外交儀式が行われていたが、その最中に、天皇の面前で、中大兄皇子が突如、剣を抜き、参列していた蘇我入鹿を斬りつけたのである。血まみれとなった入鹿は転げながら玉座にたどりつき、今わの際に、天皇に向かってこう怨嗟さ言葉を発したという。

「私にいったい何の罪があったのでしょうか!」

蝦夷はこの儀式に参列していなかったが、彼の邸にはほどなく息子・入鹿の無惨な屍が送りつけられ、翌日、蝦夷もまた死に追いやられている。

 

血塗れのクーデターと元号

――とにかく、白昼、天皇が臨席する宮中儀礼のただなかで、要人の殺害が堂々と行われたわけである。現代にたとえれば、皇居宮殿での儀式の最中に首相暗殺が実行されたようなものだ。まさにショッキングな事件であり、天皇をはじめ目撃者たちは、この凄惨な場面の記憶を死ぬまで消し去れなかったにちがいあるまい。

このクーデターは一般に「乙巳の変」と呼ばれている。干支で数えるとこの西暦645年が乙巳の年にあたるからだが、なぜ十干十二支の組み合わせで年を表記するのかというと、この時点では日本にはまだ「元号」が存在していなかったからである。

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「乙巳の変」を目の前で目撃した女帝・皇極天皇( 在位642〜645年)。

 

この事件の2日後の14日、皇極天皇は弟の孝徳天皇に譲位し、これを機に新政権が発足した。そして19日には、孝徳天皇と皇祖母尊(譲位した皇極)、皇太子となった中大兄皇子は群臣を集めて天皇への忠誠を誓わせ、さらに「この年を大化元年とする」と命じた。この「大化」こそが、日本における元号の最初である。

「大化」号の出典は明らかではないが、この言葉には「徳をもって他を導く」という意味がある。皇位乗っ取りをたくらんだ悪逆な蘇我氏を誅し、あくまで天皇を中心として天下に徳政をほどこそうという新政権の抱負がここにはこめられているのだろう。

一般に、「大化」の制定は、皇極から孝徳への皇位継承を機に行われたものととらえられている。しかし、改めてこのように歴史をつぶさに検証してみれば、大化制定は、宮廷に残された拭いがたい血痕をカモフラージュするためだったといえなくもない。いい換えれば、大化という元号は、いや元号そのものは、血塗られた惨劇を契機としてこの国に誕生したのだ。

 

元号の言霊

日本の元号は大化のあと、白雉(650〜654年)が続くが、その後いったん途絶え、天武天皇の時代に復活して朱鳥(686年)となるも、その後また中断している。

元号制度がようやく確立したのは、文武天皇の時代の701年が大宝元年となってからのことで、このとき成立した国家の根本法『大宝律令』には「公文書に年次を記す場合は干支ではなく元号を用いること」と規定されている。

そして、これ以後は現代に至るまで、元号の更新すなわち「改元」が繰り返されながら元号が連綿と用いられつづけている。

ここで歴史を顧みると、皇位継承があったときにのみ改元が行われる現代と違って、「大化」のように、動乱や災害、飢饉などの事件をきっかけとして改元が行われた例は決して珍しくない。むしろそうしたケースが全体の半数近くを占めている。

つまり、改元によって凶事や不幸の連鎖を断ち切ることが求められてきたともいえるわけで、「新たな元号には現実を改善してくれる呪力がある」という信仰をそこに認めることができる。

元号を構成する「言葉」にこめられたマジカルなパワー――これを「言霊」といい換えてもよい――、それが元号と改元のひとつの本質なのである。

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(ムー2019年6月号より抜粋)

文=古銀剛

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