ぼくの実話怪談・箱根・仙石原の怪(後編)/昭和こどもオカルト回顧録

文=初見健一

芦ノ湖で拾った“もの”

その後、僕らは「仙石原旅館」を出て、クルマで芦ノ湖見物に出かけた。湖畔にバカンスシートを広げておやつを食べたりしてから、僕は水辺をうろうろしながらひとりで遊んでいた。すると、水面にプカプカと浮いている妙なものが、湖の波紋にのって足下に近づいてきた。長さ30センチほどの木の板である。へし折られたものらしく、一方の端はギザギザにささくれだっていた。表面には判読不能の文字が黒々と書かれている。僕はひと目で「これはお墓にある木の棒だ!」ということがわかった。少し躊躇したが、このままにしておくのはまずいような気がして、手を伸ばして板きれを拾いあげた。そして、少し離れたところにいた両親に「ねぇ、こんなものが流れてきたよ!」と掲げて見せた。

とたんに母親は「あっ、ダメダメ!」と血相を変えて走ってきた。母は板きれを僕から素早く取りあげて、「これは卒塔婆っていうの。とても大切なものなのよ。お墓に置いて、みんなが手を合わせるの。こういうものには絶対にイタズラしちゃダメ!」。

「イタズラなんてしてないよ!」と僕は口をとがらせた。「大事なものだってこともちゃんと知ってる。だから拾ってあげたんだよ!」と言い返したのだが、かなり慌てているらしい母は耳を貸さなかった。水辺からだいぶ離れたところにある大きな岩を見つけると、「ここならもう水に流されたりしないから……」と言いながら、そこに卒塔婆の切れ端を立てかけた。そして、その前にしゃがんで手を合わせ、僕にも同じことをするように言った。「とにかく手を合わせて『ごめんなさい』って言いなさい。それから、『やすらかにお眠りください』って」

悪さをしたわけでもないのに謝らなきゃならないことに納得がいかないまま、しかたなく僕は言われたとおりにした。

 

その夜、旅館の夕飯を食べてから父と入った大浴場で、僕は「仙石原旅館」に到着した際に見た幻覚のようなものを再び見たのだと思う。そのときは幻覚だなどとはまったく考えなかったし、不思議だとも思わなかった。しかし、その大浴場の天井には、びっしりと蜘蛛の巣が張られていたのだ。木材もグズグズに朽ち果てていて、照明が届かない隅の方は真っ暗だった。浴槽の木も腐って変色しており、白濁したお湯もなんだかヌルヌルしている。僕は父に「すごく汚いね」と言ったのだが、父は「汚いんじゃなくて、古いんだよ。すごく歴史があるんだ。この『総檜造り』の大浴場は遠くからわざわざ人が見に来るくらいに有名なんだぞ」と笑った。しかし、僕はとにかくこの不潔な空間から早く出たくて、体もろくに洗わないまま父をせかして、すぐに風呂からあがってしまった。

後から考えれば、高級旅館の大浴場が蜘蛛の巣だらけ、なんてことがあるはずはない。このときの僕は、「仙石原旅館」の玄関を最初に見たときの「この旅館は汚い!」という妙な感覚に、再びとらわれていたのだと思う。

部屋に戻ると、母親もすでに大浴場から帰ってきていた。なんだか妙な顔をしている。

「ここの大浴場の女風呂、なんだかちょっと変よ。すごく熱いお湯なのに、ザーザーッて波が打つような感じで体に鳥肌がたって寒くなるの。気持ち悪いから、すぐに出てきた」

次の日から、母は部屋に付いている狭い風呂を使うようになった。せっかく温泉に来ているのに、逗留中、二度と大浴場に行こうとしなかった。

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言わずと知れた箱根観光の中心的なスポットである芦ノ湖。名物の海賊船型観光船やスワンボートが行き来するにぎやかな湖である。

 

隣の部屋の音と窓に映る影

翌朝、目が覚めると両親が困った顔をしながら、なにやらひそひそと相談している。事情を聞くと、昨夜、隣の部屋からとてつもなく大きないびきが一晩中聞こえてきて、二人とも一睡もできなかったそうだ。「どうも病気の人がいるらしい」と二人は言っていた。単なるいびきではなく、ガーガー、ヒューヒュー、ゼーゼーというような凄まじい音で、どう考えても普通じゃなかったそうだ。呼吸器の病気の人が泊まっている、と考えたらしい。ただ、僕自身はぐっすりと寝てしまったので、変ないびきなどまったく耳にしていない。

これが続くようだとたまらないということになり、朝食を運んできた仲居さんに、母親は遠慮がちに頼んだ。「こういう事情なので、もしほかに部屋が空いているようなら、替えていだけませんか?」。すると仲居さんは声を潜めて、「それなら大丈夫。隣のお客さんはもうチェックアウトします。今日から若い家族連れが入りますから」と言った。

 

その日の昼頃から、父親の体調がおかしくなった。高熱が出て、下痢と嘔吐を繰り返す。「旅行を切りあげて帰ろうか」という話にもなったが、父は「せっかく来たんだから、二人だけで楽しめばいい」と言う。しかたなく、父親を部屋に寝かせて、僕と母だけで箱根を散策することになった。だから、このときの家族旅行の写真には、父親がまったく写っていない。

二泊目の夜のことを両親に聞いたのは、だいぶ後になってからだった。子どもを恐がらせるのはまずいと考えて、旅行から帰ってきてもしばらくの間は僕に伏せていたそうだ。

奇妙なことに、隣の部屋の客が替わったはずなのに、その晩もまたあの同じ異様ないびきが一晩中続いた。二人が言うには、そのいびきは隣の部屋からではなく、掛け軸の掛かった寝室の床の間から聞こえるのだそうだ。

また、父は夜通し変なものを見続けた。窓のベランダを大勢の人の影がしきりに往き来する。ひっきりなしに通っていく誰かの影が、カーテン越しに見えるのだという。父親は布団のなかで腹をたてた。どこかで大きな宴会かなにかがあり、そこに総出で料理や酒を運ぶため、仲居さんたちが客室のベランダを通路として使用しているらしい。いくら何でも失礼だろう。朝になったら文句を言ってやろうと考えた。しかし、翌朝になってカーテンを開けると、部屋のベランダは客室ごとに仕切られており、往来などできないことがわかった。

 

そんな状態で3泊か4泊を「仙石原旅館」で過ごし、僕らは東京に帰ってきた。帰ってきたとたん、母は父親と同じ症状になって寝込んでしまった。それから一週間ほどたって、今度は僕がやはり同じ症状に襲われて動けなくなった。被害(?)が子どもに及んだことで、両親はかなり狼狽したらしい。「念のため」ということになって、「霊媒師」の祖母を持っているという知人に母が電話をかけた。電話に出たのは、その知人だったそうだ。「霊媒師」は彼の祖母だが、その人自身もいわゆる「見える人」なのだという。受話器の向こうで相手が出て、母が「もしもし」と言ったとたん、彼に「あっ! なにか変なことしたでしょう?」と驚かれたという。

「武士みたいな男の人がいるよ。なにしたの?」

「なにしたの?」と聞かれても困る。母が「別になにもしてない」と答えると、彼は「最近、誰かのお墓参りに行ったでしょう?」と聞く。母は「行ってない」と答えた直後に、思いあたった。あの芦ノ湖の卒塔婆の一件である。それを説明すると、「そんなことしちゃダメ! 知らない人に手を合わせちゃダメなの!」としかられたそうだ。

ああいうものを見つけても、「見て見ぬふり」をするのが正しい対処法らしい。親切心からでも触れてしまえば、「執着される」のだそうだ。まして、手を合わせて拝むなど、もってのほかなのだという。

 

というわけで、「前編」の冒頭で書いた大仰な「お祓い」を家族揃って受けて、ともかく一件落着と相成った。結局のところ、芦ノ湖の卒塔婆の持ち主(?)である「武士の霊」が、情けをかけてしまった僕らに「憑いた」ために起こった「現象」だった……という説明を聞かされた。

しかし、当時9歳だった僕も、今の僕も、どうもこの体験の顛末を思い起こすとモヤモヤするのだ。はっきり言って、僕は「霊媒師」の言葉を鵜呑みにすることができない。だいたい「武士の霊」というのが僕の好みではない。なんだかあまりに通俗的だし、いかにも昭和のおっさんが思いつきそうな古典的怪談ではないか。それに「霊媒師」の解釈によれば、元凶は僕が卒塔婆を拾ったことにあるというのだが、それでは芦ノ湖に行く前に僕が感じた「仙石原旅館」の不気味な印象というか、幻覚のようなものはまったく説明できない。もしこの話に本当に「怪異」があるとするなら(すべては偶然と勘違いと風邪や食中毒による体調不良と説明することもできるわけだが)、それは僕らが「仙石原旅館」に到着した瞬間にはじまっていた……としか思えないのだ。うまく説明できないが、僕自身はあの旅館にこそ、なにかがあると考える方がシックリくる。そして、湖で折れた卒塔婆を拾うなどという、いくらなんでもそうそうあり得ないような珍しい体験を僕がしてしまったのも、あの旅館のなにかが関係している……という感じがしてしかたがないのである。

 

誰か「その筋」の人に、もう一度この体験を再解釈していただければ幸いである。

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朝霧にけむる芦ノ湖。周辺の山にいくつか墓地もあるらしい。僕が拾った卒塔婆は、そうした墓地で誰かのイタズラによって折られたものか、あるいは台風などで破損したものだったのか……?

 

初見健一「昭和こどもオカルト回顧録」

◆第37回 ぼくの実話怪談・箱根・仙石原の怪(前編)

◆第36回 権力と心霊譚、「津の水難事故怪談」の政治学

◆第35回 「津の水難事故怪談」の背景にあった「悲劇の連鎖」

◆第34回 テレビとマンガが媒介した最恐怪談=「津の水難事故怪談」

◆第33回 あの夏、穏やかな海水浴場で何が?「津の水難事故怪談」

◆第32回 「小坪トンネル」は本当に「ヤバい」のか?

◆第31回 「小坪トンネル怪談」再現ドラマの衝撃

◆第30回 70年代っ子たちと『恐怖の心霊写真集』

◆第29回 1974年『恐怖の心霊写真集』の衝撃

◆第28回 「コティングリー妖精写真」に宿る「不安」

◆第27回 コティングリー妖精写真と70年代の心霊写真ブーム

◆第26回 ホラー映画に登場した「悪魔の風」

◆第25回 人間を殺人鬼に変える「悪魔の風」?

◆第24回 「幸運の手紙/不幸の手紙」の時代背景

◆第23回 「不幸」の起源となった「幸運の手紙」

◆第22回 「不幸の手紙」のはじまり

◆第21回 「不幸の手紙」…小学校を襲った「不安の連鎖」

◆第20回 80年代釣りブームと「ツチノコ」

◆第19回 70年代「ツチノコ」ブーム

◆第18回 日本産ミイラ「即身仏」の衝撃

◆第17回 1960年代の「古代エジプト」ブーム

◆第16回 ユニバーサルなモンスター「ミイラ男」の恐怖

◆第15回 昭和の「ミイラ」ブームの根源的な謎

◆第14回 ファンシーな80年代への移行期に登場した「脱法コックリさん」

◆第13回 無害で安全な降霊術? キューピッドさんの謎

◆第12回 エンゼルさん、キューピッドさん、星の王子さま……「脱法コックリさん」の顛末

◆第11回 爆発的ブームとなった「コックリさん」

◆第10回 異才シェイヴァーの見たレムリアとアトランティスの夢

◆第9回 地底人の「恐怖」の源泉「シェイヴァー・ミステリー」

◆第8回 ノンフィクション「地球空洞説」の系譜

◆第7回 ウルトラマンからスノーデンへ!忍び寄る「地底」世界

◆第6回 謎のオカルトグッズ「ミステリーファインダー」

◆第5回 東村山水道局の「ダウジング事件」

◆第4回 僕らのオカルト感性を覚醒させた「ダウジング」

◆第3回 70年代「こどもオカルト」の源流をめぐって

◆第2回 消えてしまった僕らの四次元2

◆第1回 消えてしまった僕らの四次元1

文=初見健一

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