異星人の子供を産んだ!? UFOコンタクティ エリザベス・クラーラーの数奇な人生

夫はケンタウリ星系のメトン星人

エリザベス1
異星人との遭遇現場に立つ、エリザベス・クラーラー

 

1950年代、世界中でUFOブームが巻き起こった際、異星人と遭遇したと主張する人々が、多数現れた。そうした人々のことを「UFOコンタクティ」と呼ぶ。代表的なコンタクティに、アメリカのジョージ・アダムスキーやダニエル・フライ、ハワード・メンジャーなどがおり、彼らの体験談は日本でも出版され、日本でもUFOブームを巻き起こしていった。

なかでも、ジョージ・アダムスキーは、『空飛ぶ円盤実見記』『空飛ぶ円盤同乗記』などを著わした。それによると、アダムスキーは、アメリカ、カリフォルニア州のモハーベ砂漠で巨大な葉巻形のUFOを目撃、そればかりか、UFOの乗員らしき異星人にも遭遇したという。その異星人は、金星人であったと語っている。その後も、のちに「アダムスキー型」と呼ばれるUFOの写真などを撮影したり、異星人のUFOに搭乗して、月を一周したなどのエピソードを持ち、世界中の人々を驚かせたのだ。

そんなコンタクティたちの中で、ひときわ異彩を放ちながら、日本ではあまり注目されてこなかった人物がいる。それが、南アフリカの女性コンタクティ、エリザベス・クラーラーである。

エリザベスは、子供のころからときおりUFOを目撃し、だれかに見守られていると感じていたが、異星人が存在するとはあまり考えてこなかった。だが、先に紹介したアダムスキーの著書を読んで以降、異星人の存在について、肯定的に捉えるようになり、1950年代半ば、物理的に異星人とコンタクトし、数奇な体験が始まったのである。
エリザベスは、太陽に最も近い恒星プロキシマ・ケンタウリ星系のメトン星からやってきたエイコンと名乗る異星人と恋に落ち、彼との間に子供をもうけ、彼の惑星メトンで出産したというのだ。

エイコンの肖像
エイコンの肖像。

これだけでも驚愕の出来事なのだが、エリザベスが異星人と接触するときに飛来してきたUFOは、多くの人々に目撃され、地元新聞社、ラジオ局、テレビ局が大々的に報じたため、群や警察関係者までもが彼女に注目した。つまり、エリザベスとエイコンとのコンタクト体験は多くの人々に見守られ、状況証拠のそろった異例中の異例の出来事だったといえよう。

 

その後、エリザベスはUFOに乗ってエイコンの故郷であるプロキシマ・ケンタウリ星系のメトン星を訪れるのだが、メトン星は、濃く青い海にエメラルド・グリーンの島々が点在する美しい星で、陸地には田園が広がり、人工的な構造物はあまり見当たらず、ありのままの自然が残されていた。大気汚染などもない、まさに楽園のようであったという。

エイコンのUFO
蒸気に包まれたエイコンの宇宙船。

 

エリザベスは、メトン星に4か月だけ滞在を許された。それというのも、地球とメトン星とでは大気中に生じる振動率が異なるため、彼女の体が耐えられる期間が、地球時間の4か月に相当する限られた時間であったのだ。けっきょくエリザベスは、メトン星でエイリングという名の男の子を出産したが、ほとんど一緒に生活することなく、地球へと戻らなければならなかったという。

晩年のエリザベス
晩年のエリザベス。

 

エリザベスは、1980年に自身の驚異の体験を本として発表。メトン星での体験をもとに、地球を彼らの惑星のように変革すべく、意識改革を説く活動を行っていった。その結果、世界22か国で講演し、1983年にはイギリス上院でも演説を行い、その演説記録は国連でも読み上げられたのである。
(出典=ムー11月号2色刷り特集「エリザベス・クラーラーのUFOコンタクティ体験」より)

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