オリンピック黒歴史その2 古代オリンピックは生け贄の祭典!

文=古銀 剛

ルーツはゼウスに捧げる競技祭

よく知られているように、近代オリンピックはフランスの貴族で教育学者でもあったクーベルタン男爵の熱心な働きかけによってはじまったもので、1896年に第1回大会がアテネで開催された。そして、これもまたよく知られているように、クーベルタンがオリンピックを始めるよりもはるか以前に、古代ギリシアの地でも4年に一度、近代オリンピックのルーツとなる大規模な競技大会が開かれていた。これは、現代では一般に「古代オリンピック」と呼ばれるが、古代には、ペロポネソス半島北西部エリス地方の山間の地オリンピアで開かれたので、「オリンピア祭典」と呼ばれた。

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古代オリンピックの開催地だった、ギリシア・オリンピア遺跡のゼウス神殿跡(写真=Karta24/Wikipedia)。

 

古代オリンピックがいつはじまったかをめぐってはいくつか説があるが、紀元前776年にはじまり、4年に一度開かれて、ローマ帝国時代の紀元後393年の第293回まで、じつに1169年にもわたって続いた、というのが通説だ。この間、ギリシア内が戦争中であっても、オリンピックのために休戦が実施され、一度も中断することがなかったといわれる。

古代オリンピックの起源については「ギリシア・オリンピア(ペロポネソス半島北西部)でゼウスが父神クロノスと闘ってこれを打ち負かし、神々の王となったので、これを記念して競技会を起こした」という伝説がある。これはあくまで伝説だが、オリンピアがゼウスの神域とされ、古代オリンピックが、スポーツ大会である以前に、まず古代ギリシアの主神にゼウスにささげる祭典、いや「競技祭」であったことは事実である。

ここで、近代オリンピックと比べた場合の、古代オリンピックの特徴をいくつか挙げてみよう。

①必ずオリンピアで開催され、大会ごとに開催地が移動することはなかった。

②出場できるのはギリシア人(本土だけでなく地中海・黒海沿岸の植民市のギリシア人も含まれる)の自由市民の男子だけだった(ただし、後期にギリシアがローマ帝国の支配下に置かれると、ギリシア人以外も参加するようになった)。

③競技は最盛期には13種目になったが、競走やボクシングなど、すべて個人競技で、ボールを使う競技や水泳競技はなかった。初期は1スタディオン(約200メートル)を走る短距離競走だけだった。

④金メダルや銀メダルはなく、各競技の勝利者は、ゼウスの神木オリーブの枝で編まれた葉冠が与えられた。

⑤開催時期は、夏至のあとの2度目ないし3度目の満月の時期(現代の暦で8月下旬ごろ)と決まっていて、期間は最長で5日間だった。

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オリンピア競技場(スタディオン)の跡。1スタディオン(192.27メートル)の直線走路を全力疾走するのが、古代オリンピックのメイン競技だった。

 

目玉は牛100頭の生け贄儀式

だが、近代と古代の最も顕著な違いは、繰り返しになるが、古代オリンピックそのものが、本質的に「宗教行事」だったことだろう。

このことを端的に示すのが、大会3日目に大会のハイライトとして行われた、「生け贄の儀式」だ。この日の朝、選手のみならず、審判、大会の役職者、神官らが、牛100頭を従えて、オリンピアの競技場に隣接する神域を大行列をなして練り歩き、やがて「ゼウスの大祭壇」の前に到着し、牛は牛牽きによって祭壇前に引き出される。――すると、牛たちはすばやく喉をかききられ、次々に解体されていった。

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古代オリンピックでの生け贄儀式を描いた壺絵(紀元前5世紀頃)。勝利の女神ニケが天空から見守るなか、2人の選手が雄牛の肉を祭壇の火にくべている。

 

解体された牛の大腿部は神官によって祭壇に運ばれ、薪に火がくべられ、大量の肉が焼かれ、あたりにはもうもうと煙が立ち上がった。古代ギリシア人たちは、立ち上がる煙はゼウスを喜ばせると信じていたのだった。

このようにして、祭壇の基壇に生け贄を焼いた際に出る灰が年々積み上げられていったため、一時はその高さが7メートルにも達したという。

そして午後には競技場で競争競技が行われ、夕方になると晩餐会がはじまり、生け贄にされた牛100頭の大腿部以外の肉片が、大会参加者たちに振る舞われた。それは、いわば神との供食であろう。

さらに「ゼウスの大祭壇」の南側、つまりオリンピアの神域の中央には、荘厳な「ゼウス神殿」が建ち、その内部には巨大なゼウス神の座像が安置されていた。台座を含めると高さは12.4メートル、全体はなんと黄金と象牙でつくられていた。この神像は古代七不思議の一つに数えられたほどで、ローマ時代の地誌学者ストラボンは「もし神が立ち上がったら、神殿は崩れてしまうだろう」と述べている。

残念ながら、この像は紀元後4世紀に東ローマ帝国のコンスタンティノープルに運び去られ、さらにその後大火に遭って焼失してしまったらしい。

オリンピックとは、ギリシア神話の主神ゼウスへの奉納する祭典競技であり、勝利は神への奉げ物だったのである。

近代オリンピックの聖火は、ある意味では、古代オリンピックの生け贄祭儀の薪の火の伝統を継承しているのかもしれない。

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16世紀に描かれた、オリンピアのゼウス神像の想像図。この巨大な神像は、いわばオリンピックの本尊だった。

 

(ムー2016年9月号より抜粋)

文=古銀 剛

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