笑顔で人を首吊りに誘う「クビツリ神さん」/黒史郎の妖怪補遺々々

文・絵=黒史郎

妖怪補遺々々(ようかいほいほい)

ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」(毎月末水曜日)! 連載第2回となる今回は、黒史郎が香川県で発掘した、人に首を吊らせる「クビツリ神さん」をはじめ、同様に死に誘う妖怪たちを紹介します。

 

危険な神様 クビツリ神さん

今回は怖い妖怪をご紹介します。人を笑顔で自殺に誘う神様です。

それは『綾上町民俗誌』の「信仰と俗信」の章にあります。香川県綾歌郡綾上町(現在は綾南町と合併して綾川町)は妖怪伝承が豊富で、同資料にも有名な妖怪から珍しい妖怪まで約50の名が見られます。中でも異彩を放っているのが「クビツリ神さん」です。

これは人と同じ姿をしており、木の枝に縄を掛けて輪っかをこしらえ、その中に自分の首を入れたり出したりし、にこにこと笑います。これを見た者はその姿を見ているうち、不思議と「楽しそうだ」と思うようになり、「そんなに楽しいなら」と輪の中に首を入れ、そのまま吊ってしまうのだそうです。

同じような妖怪は1981年発行『郷土』一巻二号にも見られます。こちらは「誘い神」といって、これが憑いた人は川に入りたくなったり、首を吊りたくなったり、とにかく死にたくなります。長野県上伊那郡の伝承ですが、『綾上町民俗誌』にも「サソイガミ」という妖怪の記述があり、こちらは池に入るように誘うものです。

いずれも「神」と付きますが、人々に祀られる神とは別物のようです。「神懸る」という言葉が、「神霊が乗り移ったように常軌を逸した言動をとる」意味で使われるように、兆候もなく突然、首吊りや入水をする人には、何らかの悪い神が憑いたと考えたのではないしょうか。

 

首を「吊らせる」理由

首吊りにまつわる妖怪で、もっとも有名なものは「縊鬼(いつき)」でしょう。

随筆『反古のうらがき』に、この妖怪が東京都千代田区の麹町に出たという話があります。

こちらも人の姿をしており、「ここで首を括れ」と命じてきます。するとどういうわけか、その言葉に従ってしまうのです。これは「縊鬼」に憑かれた状態であり、言動もおかしくなります。うまく説得して自死を引き止めると、「縊鬼」は別の者を取り殺したといいます。

中国にも「縊鬼(いき)」「吊死鬼(ちょうしき)」「吊殺鬼(ちょうさつき)」と呼ばれる妖怪があります。首を吊って死んだ者がなる妖怪で、中国の怪異小説集『柳斎志異』六巻にある「縊鬼」という話では、妖怪は自分が首を吊ったときの光景を再現し、生者に見せてきます。初めは生前とまったく同じ姿で現れますが、首を吊るまでの一部始終を見せるので、最終的には長い舌をベロンと垂らし、顔色も変わり、目を覆いたくなるほどの恐ろしい形相になるのです。

「クビツリ神さん」同様、積極的に縊死をさせようとするケースもあります。

江蘇省泰州市に伝わる話では、「吊死鬼」が若い娘のふたり組で現れます。ふたりで赤い紐を持って真ん中に蝶結びを作り、その中に美しい光景を見せると、「首を伸ばして、よくご覧なさい」と誘うのです。もちろん、従ってしまえば首を吊ってしまいます。こうした「縊鬼物語」は無数にあるそうですが、大抵は人間の知恵に負け、命を取り損ねるようです。

それにしても、どうしてそんなに首を吊らせたいのでしょうか。これには理由があります。

中国には「鬼求代(ききゅうだい)」という死者の概念があります。死後に妖怪となった者は、自分と同じ死に方を生者にさせなくてはならないという考え方です。そうしないと、転生の時期が遅くなってしまうのだそうです。

特に「縊鬼」や、溺死者がなる「水鬼(すいき)」「溺鬼(できき)」などは、こうした身代わりを求める傾向にあるようです。「クビツリ神さん」がニコニコと誘うのも、実はそういった理由があるのかもしれません。

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首吊り狸と首吊らせ狸

郷土研究社『阿波の狸の話』には「首吊り狸」という化け狸が登場します。

徳島県三好郡の湯谷に現れた悪狸で、人を誘いだして首を吊らせます。同地域では昔から首吊りが多く、村人たちは恐れて谷には近づかなかったそうです。

『阿波の狸の話』には二度も「実は首吊らせ狸である」とあります。「首を吊らせる」のに「首吊り」と呼ぶことに違和感をおぼえたのでしょう。確かに後者は、狸が首を吊る印象が強いです。そういった意味での「首吊り狸」の話もあります。随筆『耳嚢』巻八に収録されている「狸縊死の事」がそれになります。このような話です。

叶わぬ恋に絶望した男女が、首を吊って心中をします。女は死んでしまいますが、男は足が地面についてしまい、不幸にも死に損なってしまいます。すると、たった今一緒に首を吊った恋人とまったく同じ女が、向こうから歩いてきます。これはいったい、どういうことかと死んだ女を見ますと、それは毛むくじゃらの狸の死骸でした。

これがきっかけでふたりは許され、めでたく夫婦となります。

この話は『随筆辞典 奇談異聞編』では「首縊り狸」の見出しで収録されています。類似する話は奇談集『想山著聞奇集』にも見られ、こちらは男に化けますが、やはり心中に失敗して狸だけが首を吊って死んでしまいます。狸にどういう思惑があったのかはわかりません。

 

文・絵=黒史郎

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